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TOSSランドNo: 3760267 更新:2012年12月29日

向山型分析批評 発問づくり10の原則 6


話者の「位置」「見え」「移動」を問え。

「向山型分析批評発問一覧」において「視点」に関する発問をみると、次の3つのパターンに分かれることが分かる。

 A 話者の「位置」を問う。 例)「話者はどこにいますか。」
 B 話者の「見え」を問う。 例)「話者にはちょうちょがまだ見えているか」
 C 話者の「移動」を問う。 例)「話者は歩いているか、止まっているか」

この「視点」を検討させることの効果について鶴田清司氏は、次のように述べている。

「話者」の「視点」を検討させることによって、次のような形で〈確かな読み〉が成立している。
 ・動作方向を明確化する(きた⇔いった)
 ・指示代名詞を意識する(こちら⇔あちら)
 ・描写の型を意識する(内の視点⇔外の視点)
 ・能動態と受動態のちがいに注意する(する⇔される)
 ・時制に注意する(現在形⇔過去形)
 ・文末表現に注意する(断定、推量、推定の助動詞等)         (『現代教育科学』1988,5 No,378 P9)

A 話者の「位置」を問え

この鶴田清司氏の指摘からも分かるように、視点という概念を授業の中に導入することによって、次のことが可能になった。

文章の検討を促す。

「作者」と「話者」を区別し、「話者」の「視点」を問うことによって、子供たちは、文章を検討せざるを得なくなるのである。一時期、分析批評による多くの実践が

話者が見ている位置を目玉で書きあらわしなさい。

という発問で行われた。しかし、重要なのは、その発問によって検討される言葉や文章が主題にかかわるような重要なものであるか、ということである。向山先生の実践を見てもわかるように、向山先生は、話者の視点を問う重要性がない時には、「話者」と「作者」の区別を簡単に扱う程度にとどまっているのである。主題に関連すると判断された時は、この発問が効果を発揮している。「春」の実践においては、「行った」という言葉が検討されることによって、主題につながっている。「やまなし」の実践においては、「の」が検討されることによって、賢治の心象風景を検討している。「ごんぎつね」の実践においては、「きました」が検討されることによって、主題につながっている。

B 話者の「見え」を問え

この話者の「見え」を問うことの重要性を理論的に解説しているのは、次の文献である。

『認知科学選書1 視点』(1985 宮崎清孝,上野直樹 東京大学出版会)
『暗黙知の次元 言語から非言語へ』(1980マイケル・ポラニー著 佐藤敬三訳 紀伊国屋書店)

この「見え先行方略」について、大森氏は次のように述べる。

話者には何が見えているか。どのように見えているかをまず検討させる。次に何を考えているかを検討させる。  (『「分析批評」の授業』1992,8 No,5 P8)

向山先生の発問の中にもある。「ごんぎつね」の実践である。

「ごんが倒れて、かけよった兵十は、まずはじめに何を見たのですか。」「兵十は見るところを次、次、次とかえました。どのようにかわったのか、簡単な図に書きなさい。

「もちもちの木」の実践である。

豆太にしか見えなかった木はどれですか。

この他にも「雪」の実践や「春」の実践にもある。この話者の「見え」を問うことが「情景のイメージ化や心情理解」(鶴田)を目的として実践されていることに対して、向山先生の実践は、あくまでも「言葉を検討する」ことに中心がある。「雪」は、例外である。(「雪」の実践いついては、向山先生も分析批評とは一線を画すような発言をされている)以上のように向山型分析批評における「視点」の検討3つのパターンは、主題との関連がある場合にのみ行うのである。主題と関連するかどうかは、教材分析によってわかる。教材分析をせずにいきなり「視点」を問うから子供の意見に振り回されるのである。


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