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TOSSランドNo: 7936897 更新:2012年12月29日

向山型分析批評 発問づくり10の原則 2


「視点、対比、イメージ」で分析せよ。

1999年2月13日。「やまなし」CDを発売を記念して、長崎において「やまなし」記念講座が開催された。その中で向山先生から、初めてお聞きすることがあった。

分析批評の授業では、「視点」と「対比」と「イメージ」だけで十分である。

わずか3つの観点である。さらに続けられた。

「やまなし」の授業だって、この3つしか使ってないでしょう。

そう言われればそうである。

視点

例えば、「作者」と「話者」の違いである。 この2つの違いを認識し指導するだけでも文学の授業は、大きく変化する。よく引用されるのが、夏目漱石の「我が輩は猫である」。作者は「夏目漱石」であり。話者は「猫」である。向山先生の授業には、「一人称視点」や「三人称視点」などという用語は、初期の「やまなし」以外は、出てこない。「作者」と「話者」の違いを明確にした上で、様々なバリエーションを使って発問し、主題への迫っている。

「一人称視点」「三人称視点」は、指導しなくてもよい。

ということが言えそうである。この「視点」で重要なのは、後にも述べるが

 1 話者の「場所」
 2 話者の「見え」
 3 話者の「移動」

の3つである。 この3つを意識して教材分析すると、主題との関連が見えてくる。主題との関連が見えてこない時は、軽く扱えばよいのである。何が何でも「話者の位置を目ダマであらわしなさい」という発問はしなくてもよいのである。

対比。

井関義久著『批評の文法』(明治図書)には、「対比」という用語は出ていない。向山先生も分析批評の授業を開始されたころには、「対比」という用語を使っておられない。ただし、2年目の(1976)には、校内研の資料の中に「もちもちの木」の教材分析の中で「対比」という用語が見られる。3代目の「やまなし」実践の時には「二つの対立するもの」という表現をされている。1977年の4代目が5年生の時に最初に実施された「春」の授業では、学級通信「スナイパー」No,79に「対比させられているもの」と述べられていることから、授業の中で「対比」という用語が使われていたと考えられる。向山先生の分析批評実践史No,1からもわかるように4代目あたりから「対比」は、ほとんどの授業で実践されている。この「対比」について、向山先生は長崎の講座で次のように述べられた。

 小説というのは、「人物」を描写する。
 小説というのは、「場所」「地域」を特定する。
 小説というのは、対立する概念がある。歌舞伎に仇役が必要なように。
 「中心人物:対役」のように。

つまり、「対比」という概念は、文学作品が成立する上で欠くことのできない要素なのである。仕掛け、演出とも言える。それを見抜くことが大事である。

イメージ。

向山先生は、次のように述べられてた。

 「ある言葉」が「ある事柄」をイメージする。
 「カラスが鳴いていた。」という文がある。「カラス」という言葉から「ふきつな予感」「死」をイメージできる。
 「あいつは白」「あいつは黒」という時は、「白」は犯人ではない。「黒」は犯人をイメージする。

つまり、「象徴」や「比喩」などがこれに含まれることになる。以上のことから、わかるように「視点」「対比」「イメージ」という3つの観点は、文学作品を成立させる必要最小限の要素であるということが言える。この3つの観点でほとんどの作品が読めるようになる。この事実は、向山先生の実践史を見ていただければ納得されると思う。ただ、この3つの観点は、向山型分析批評の「A 個々の批評用語を手がかりに作品分析したもの。」で使う観点という意味である。もう一つの「B 作品全体を分析したもの。」では、「起承転結」や「モチーフ」や「要約」などが用いられることになる。


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