TOSSランド

コンテンツ登録数
(2017/08/19 現在)

21412
TOSS子どもランド TOSSオリジナル教材 TOSS動画ランド TOSSメディア TOSS-SNS TOSS公式(オフィシャル)サイト
TOSS子どもランド
TOSSランドアーカイブ
TOSSランドNo: 7852863 更新:2012年12月16日

日本語の主語


「日本語に主語が必要」という考えは、明治時代、大槻文彦の「言海」(最初の近代国語辞典)によって英語やフランス語と同じように日本語にも「文には主語と述語がある」とされたことがはじまりとされている。

(そもそも、江戸時代の本居宣長、春庭、富士谷成章など国学者は、主語という概念を扱わなかった。ロドリゲスが日本の文法書をつくり、明治にチェンバレンがきて初めて日本の国語学が成立するなど、日本語学の成立には外国人の働きがあった。)

大槻文彦は、ヨーロッパでは、文を作るときに必ず主語をたてることを参考にして、考えたのだがそれには、当時の脱亜入欧、西洋諸国に追いつけ、という思想がかなり影響している。

この「日本語に主語は必要だ」という考えは橋本文法を経て、現在の学校文法につながっている。

例えば、光村2年 国語には

「だれが(は)」「何が(は)」に当たることばを主語、「どうした(どうする)」に当たることばを述語といいます。主語は、いつも、文のはじめにあるとはかぎりません。主語がない文もあります。でも、前や後ろの文を読むと、「だれが(は)」が分かります。「どうした(どうする)」のほかに、「どんなだ」「なんだ」に当たることばが 述語になる文もあります。文を読むときには、主語と述語のつながりに気をつけましょう。じんぶつがしたことやようすが、よく分かります。話すときや 文を書くときには、主語と述語があいてにきちんとつたわるようにしましょう。

とある。

しかし、「日本語に主語は必要」という考えには山田孝雄、金田一京助、服部四郎、三上章などから反論がある。

例えば、「暑いね。」「もう10時だよ」「本当だね。」「黒板に『明日は休み』と書いてあった。」「いい陽気になりましたね。」 などの「主語なし表現」は日本語にたくさんある。

「サンマを3枚におろします。」「電源が入っているか確かめる。」

これらの文には主語がない。

仮に「私は」「私が」を入れたとすると「他の人はしませんが」という意味が加わって違う意味の文になってしまう。

つまり、これらは主語の省略とは違う。無い。ということを、服部四郎は「日本語に関しては、『主語が省略される』などとはいわずに、『主語』のない文型を正式の文型として認めるべきだと考える。」と述べ、中島文雄は「英語は主語中心の構造をとり、日本語は述語中心の構造をとることができる」と述べている。

これらの論争に幕引きをおろしたのが「橋本進吉」である。橋本は「日本人は、髪が黒い」という文を例にした。橋本は日本語における「主語」を守ったという点で大槻文法を継承し、学校文法の基になっていく。

参考文献:日本語に主語はいらない 金谷 武洋  講談社選書メチエ


0回すごい!ボタンが押されました

コメント

※コメントを書き込むためには、ログインをお願いします。
New TOSSランド