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TOSSランドNo: 2508930 更新:2015年10月17日

「大造じいさんとガン」 実践記録


教材研究

教材研究には、次の2冊が非常に役に立った。

1.実践国語研究 別冊
『「大造じいさんとガン」教材研究と全授業記録』(絶版)

2.鶴田清司氏著『「大造じいさんとガン」の〈解釈〉と〈分析〉』(絶版)

特に、1に載っている甲斐睦朗氏の「表現研究」では、教科書会社による記述の違いや、
文章の誤りについて詳細に書かれており、非常に多くの示唆をいただいた。

「大造じいさんとガン」を本気で研究するならば、上記の2冊をぜひ手にとっていただきたいが、
これらは、現在絶版であり、いずれも入手が困難である。

わたしが学んだことの一部をご紹介する。

 (※以下、教科書のページ数は光村版。)

 【1】

「大造じいさんとガン」は、古くからいろいろな教科書の教材として使われてきた。

しかし、教科書会社によって、記述に違いがある。

光村図書には前書きがあるが、(72歳とわかる)他社にはない。
また、文章が敬体ではなく、常体で書かれているものもある。(教育出版)

「大造じいさんとガン」の初出は「少年倶楽部」という雑誌で、そのときは、常体だった。

敬体と常体では、受ける印象がかなり違ってくる。

もちろん、常体の方が歯切れがよく、スピード感がある。
闘争的雰囲気もよく出る。
だが、一方で、炉端で大造じいさんが読者に語りかけているような、敬体の温かさも捨てがたい。

それぞれのよさがある。

ところで、初出が常体だっため、常体から敬体に改めるときの不備が光村の作品に残ってる。

例えば、104ページの
「大造じいさんは、このぬま地をかり場にしていたが、」
や、105ページの
「一羽だけであったが、」
だ。

光村の教科書には、間違いと思われる箇所がそのまま残っているが、学図は
「大造じいさんは、このぬま地をかり場にしていましたが、」
「一羽だけでしたが、」
に修正されている。

敬体、常体の明らかな間違いは、子どもの教材としてよくない。
修正すべきだと考える。

 【2】

また、教科書によって以下の記述の違いもある。

 【光村】【学図】

 残雪は、このぬま地に集まるガンの頭領らしい、なかなかりこうなやつで

 【教出】

 残雪は、このぬま地に集まるガンの頭領らしい。なかなかりこうなやつで

「らしい」のあとが、読点か句点かで分かれている。

前者は、接尾語、後者は、推量の助動詞になる。

個人的には、前者の方がよいと考える。

 【3】

「餌」「餌場」の読み方も、教科書によって違いがある。

 【光村】→「え」「えさば」

 【学図】→「えさ」「えさば」

 【教出】→「え」「えば」

 【(かつての)東書】→「えさ」「えば」

なんと、4社ともバラバラである。

個人的には、口語として一般的な「えさ」「えさば」がよいと考える。

 【4】

「大造じいさんとガン」は、内容面で間違いと思われる箇所もいくつかある。

①ガンは、タニシを食べない。

ガンは、植物性のえさを食べる鳥である。
普通、タニシは食べない。
ガンに近い、ハクチョウも餌付けをするときは、小麦を使う。
「大造じいさんとガン」によって、日本中の子どもに、
がんはドジョウやタニシを食べるという誤った知識が与えられている。

※「夏からタニシを集めたら、秋には腐るのでは」という疑問を挙げた人もいるが、
 タニシは俵の中に入れておくと、自然と増えることもあるそうである。

②P108「そして、ねぐらをぬけ出して、このえさ場にやってくるガンの群れを待っているのでした。」

ガンの動作として使うなら、「出発して」「飛び立って」などが適当。
甲斐睦朗氏は、「作者が表現を間違えたと見たい」と述べている。


と、そのとき、ものすごい羽音とともに、ガンの群れが一度にバタバタと飛び立ちました。
「どうしたことだ。」
じいさんは、小屋の外にはい出してみました。
ガンの群れを目がけて、白い雲の辺りから、なにやら一直線に落ちてきました。
「ハヤブサだ。」

ここの文は、厳密に言うと、時間の流れがおかしい。

本来なら、
(1)ガンの群れが、空中から襲ってくるはやぶさを発見して逃げ出す。
(2)その逃げ出す際のものすごい羽音を聞いて、じいさんは外にはい出る。
(3)すると空中から舞い降りる何かが見えた。
(4)それがはやぶさだとわかった。

となるはずだが、(1)と(2)が逆になっている。

④最後の別れのシーン。
じいさんセリフ。
「今年の冬も、仲間を連れてぬま地にやって来いよ。」
ガンがやってくるのは、秋ではないのか。

また、1997年第6回日本言語技術学会で、波多野理望氏が指摘したことが、
ガンと隼の体格差の問題である。

隼の大きさは、ペットボトル程度。
体格の大きいガンを襲うことは、考えにくい。

2010年、第5回基礎学力を保証する授業研究会IN千葉における研究授業において、
伴一孝氏が「大造じいさんとガン」の記述を検証するために、ガンの剥製を持ち込んだ際にも、
大きさの問題を取り上げている。

P111「そのかた先に止まるほどになれていました。」

大造じいさんの肩に止まれるのか、という問題である。
大きさだけでなく、ガンの足の形状から考えても(ガンは水鳥で足に水かきが付いている)、かた先に止まるとは、考えにくい。
(ただし、「止まれるほどに慣れている」という比喩の可能性があることに伴氏は触れていた。)

以下、実践記録。(※旧教科書のでの実践。)

問題作りと討論、そして評論文作成を行った。

1~4時間目

1時間目は、黙読、読み聞かせの後、感想(考えたこと・思ったこと・疑問点)を書かせた。

2時間目は、音読をした後、難語句を辞書で確認した。

3時間目から読解に入る。

まず、物語の中心となる太造じいさんと残雪について1時間ずつ、そのキャラクター像を読み解く時間を設けた。

発問1:

大造じいさんは、どんな性格ですか。

 負けず嫌い、一所懸命、子どもっぽい、正々堂々、慎重、元気・・・。
 いろいろな意見が出た。その根拠を文章中から探させた。
 一つひとつ検討していくと、「やさしい」などには、異論が出た。
 最後に、特に大事だという要素を3つ選ばせ、ノートにまとめさせた。

 このまとめを、最後の評論文に使用する。
 作文のフォーマットは、以下の通りである。

大造じいさんの性格を分析する。

第一に ~ である。なぜなら~
第二に ~ である。なぜなら~
第三に ~ である。なぜなら~

クラスでは、○○という意見も出たが、わたしは違うと考える。なぜなら~

最終的に、大造じいさんの性格は、「  」「  」「  」だと考える。

4時間目。

発問2:

残雪は、どんな鳥ですか。

残雪についても、同様にして自分の考えをまとめさせた。
賢い、勘が鋭い、リーダーシップがある、威厳がある、仲間思い、プライドが高い・・・などの意見が出た。

5~6時間目

大造じいさんと残雪、物語の柱となっている二つのキャラクターを分析した後、子どもたちに尋ねた。

発問3:

大造じいさんとガンの主役は、どちらですか。

1992年に雑誌『教室ツーウェイ』の誌面で論争になった問題である。
主役が「大造じいさん」だと考える教師と、「残雪だ」と考える教師が、互いにその意見を主張した。
作者の椋鳩十氏は、「主人公を決めて書いていない。出てくるものともの、人物と人物のひびきあいで物語を構成している。」と述べている。
作者の見解によれば、どちらが主人公かを決めることは無理があるが、授業として主人公を考えることは、作品の解釈を促したり、論理的な思考力を高めたりすることに有効である。
討論を行った。

【残雪派】6名
 ・大造じいさんの気持ちを変えたのは、残雪だから。
 ・ガンが土台となっている話だから。
 ・残雪の特徴や行動が詳しく書かれているから。
 ・仲間思いであることが、書かれているから。

【大造じいさん派】 23名
 ・物語が大造じいさんの視点で書かれているから。
 ・題名が「大造じいさんと残雪」ではないから。
 ・大造じいさんが話を進めているから。
  ・最初に登場しているし、多く登場しているから。

討論をすることで、子どもたちは再度文章をよく読み、それぞれのキャラクター像がより深まった。
(最終的には、椋鳩十氏の見解を伝え、自分の感動に従って主人公を決めてよいと伝えた。)

大造じいさん派の子どもが指摘するように、この物語は大造じいさんの視点で書かれているが、文章中、視点が残雪に移っているところが3カ所ある。
最後に子どもたちにそれを見付けさせた。

7~8時間目

前回の討論で、ある子が次のような発言をした。

「大造じいさんの気持ちを変えたのは、残雪である」

登場人物の心情の変化にせまる、重要な発言である。
この点を、もっと掘り下げるために、次のように問うた。

発問4:

大造じいさんの気持ちが変わったのは、どこですか。

問われることで、再度、子どもたちは教科書を読み返す。
友達と話し合う。そして、作品の解釈が深まる。

子どもたちが指摘したのは、以下の箇所である。

【A】が、なんと思ったか、再びじゅうを下ろしてしまいました。

【B】大造じいさんが手をのばしても、残雪は、もうじたばたさわぎませんでした。

【C】大造じいさんは、強く心を打たれて、ただの鳥に対しているような気がしませんでした。

意見が分かれたので、討論を行った。
ノートに自分の意見を書き、少人数で意見交換。
翌日、クラス全体で話し合った。

【A】9名
  ・じゅうを下ろしている。
  ・いまいましく思っていたなら、きっと撃っていた。
  ・助けたということは、心が変化している。
  ・この文のあと、残雪の目線になっている。
  ・自分が想像していた残雪と違ったことがわかった。

【B】3名
  ・手をさしのべて、残雪を助けようとしている。
  ・今までの大造じいさんと違った行動をしている。

【C】17名
  ・心を打たれたと書いてある。
  ・「強く」と強調されている。
  ・前の大造じいさんと比べて、気持ちが変わっている。
  ・ただの鳥ではないと分かった。
  ・自分が思っていた以上の鳥だった。

討論中、最も説得力がある意見を発表したのは、【A】の子の発言。

「残雪が仲間を助ける姿に心を動かされて、残雪をうつのをやめた。
 そのすぐ後の行動で、残雪に手を差し伸べている。
 これは、気持ちが変わった後だからではないか。」

討論前日。その発言をした子は、【A】の考えであった。
しかし、ノートに意見を書いていて、いったん【C】に変えた。
ところが、翌日、家でじっくり考えたらやはり【A】だという結論になったそうである。
柔軟にじっくりと考えた末の意見だったので、説得力があった。
討論の結果、【A】が増えて、14名になった。

大造じいさんの気持ちの変化について解釈は、読者の感動のポイントによって異なってよいと考える。
仲間を救う勇敢な姿に感動の中心があるならば【A】。
最後の時を感じたときでも頭領として堂々たる態度を貫いた姿に感動の中心があるならば【C】というように。
大切なのは、自分なりの考えをもち、それを人に伝えることができる力である。

最後に、ノートに自分の考えを再度、まとめさせた。

9時間目

以前、作文の学習をしたときに、次のことを教えた。

【情景描写で、気持ちを表すことができる。】

「大造じいさんとガン」は、このことを学ぶのに適しているので、情景描写についても扱った。

発問5:

4の場面。ストーリーの進行上は、なくてもよい一文があります。 
なくても、話の筋は理解できる。
でも、その文があることによって、味わい深くなるという一文です。
どれだと思いますか。

子どもたちは、次の文を挙げた。

「らんまんとさいたスモモの花が、その羽にふれて雪のように清らかには らはらと散りました。」

発問6:

この情景描写は、大造じいさんの気持ちを表しています。
どんな気持ちを表していますか。

晴れ晴れとした気持ち、すがすがしい気持ち、迷いがない気持ちという意見が出された。

指示1:

大造じいさんとガンには、他にも大造じいさんの気持ちを表している情景描写があります。 探してごらんなさい。

再度文章を読み返し、子どもたちは次の文にも注目した。

・秋の日が美しくかがやいて~
 (楽しみな気持ち、わくわくしている気持ち、期待している気持ち)
・あかつきの光が小屋の中に~
 (明るい気持ち、うきうきしている気持ち、頑張ろうという気持ち)
・東の空が真っ赤に~ 
 (やる気がみなぎっている、気合いが入っている、興奮している)

文章表現について、さらに、もう一歩つっんだ。

発問7:

大造じいさんと残雪は、どんな関係だと言えますか。

ライバルだと子どもたちは答える。

発問8:

ライバル関係だということを象徴する一語が、最後の場面があります。
どの言葉だと思いますか。

ある子が「おり」という言葉に注目した。
以前、捕まえたガンは、「鳥小屋」で飼っていたが、残雪は、おりの中で一冬を過ごしたと書いてある。
飼い慣らすための「鳥小屋」と、自然に返すことを前提にした「おり」との違い。
ここにも大造じいさんと残雪の関係が表れているのではないか、という話をした。

10時間目

大造じいさんとガン、最後の授業は、主題について考えた。
以下、子どもたちが考えた主題である。

 A 仲間を大切に    
 B 正々堂々戦おう
 C 人間の心 動物の心
 D 最後まで自分のプライドをつき通そう
 E 勇気があれば、何でもできる
 F 仲間を救うための勇気
 G 生きるとは、自分の考えをどこまでも突き通すことである
 H ピンチの仲間がいれば、助けよう

子どもたちに、並んだ主題を仲間分けしてごらんなさいと指示した。
ほとんどが、残雪の行動から浮かび上がった主題だが、Bの主題は、大造じいさんの行動から浮かび上がる主題である。
また、Cは、人間と動物との関わりについて述べようとしている。
これは、5年生の語彙力ではなかなか表現しにくいところだと思う。
都留文化大学の鶴田清司氏が著書の『「大造じいさんとガン」の〈解釈〉と〈分析〉』で記していた主題を、子どもたちに紹介した。

 【人間と自然との秩序ある共存・共生の関係】

ここまでの学習をもとに、次の時間から、評論文を書く。

11~14時間目

学習のまとめとして、評論文を書いた。
評論文を、次のように定義した。

評論文・・・作品の解釈・価値について、自分の考えを述べたもの。

「大造じいさんとガン」は、わたしも小学生のときに学習した教材である。
教科書の教材は、数年おきに掲載作品が変わるが、4年生の「ごんぎつね」や5年生「大造じいさんとガン」、6年生の「やまなし」といった有名文学作品は、変わらずに残り続けている。今も昔も変わらない、文学性、芸術性が評価されているのであろう。10年後、20年後も、教科書にも掲載されている可能性が高い作品だ。
子どもだちに言った。

「君たちがやがて大人になり、結婚をし、子どもが生まれたときにも、大造じい さんとガンは、教科書に載っていると思います。
 世代を超えて、読み継がれていく作品です。
 君たちの子どもも、11歳になったら大造じいさんとガンを読むのです。
 これから書く評論文は、20年も30年も経って、君たちの子どもが11歳に なったときにに、読んでもらいます。
 評論文には、君たちが大造じいさんとガンの学習で考えたこと、すべてを書き ます。
 父さん、母さんが11歳のとき、この作品を読んで、こういうことを考えたん だよと。親子で語り合ってください。」

子どもたちは、集中して書いた。
心地よい緊張感が、教室の中にあった。
授業時間で書いたのは、4時間。書き切れなかった子は、家で書いた。
10枚、15枚と書く子が何人もいた。
自分の解釈、考えをのびのびと書くことができたことを褒めた。


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