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TOSSランドNo: 9332145 更新:2014年02月18日

日本の国歌  君が代


発問1:

日本の国歌『君が代』。どんなときに歌いますか?

・コンテンツを見せて問う。2,3人に指名する。
・卒業式や入学式,サッカーなどスポーツの開会前,オリンピックの表彰など。

説明1:

アメリカの国歌。

・アメリカ国歌の歌詞を見せて,読ませる。
 狼煙(ろうえん)の赤き炎立ち 砲音(ほうおん)宙にとどろく中 耐え抜き 旗は猶其処に在り
・以下,同様に中国,フランスの順で読ませる。
 中国
いざ立ち上がれ 隷属を望まぬ人々よ! 我等の血と肉をもって 我等の新しき長城を築かん 中華民族に迫り来る最大の危機 皆で危急の雄叫びをなさん
起て!起て!起て! 万人が心を一つにし 敵の砲火に立ち向かうのだ! 敵の砲火に立ち向かうのだ!進め!進め!進め!
 フランス
彼らわれらの妻子を腕からうばい,そののどをかき切って殺さんとする

発問2:

3つの国歌の歌詞を読んで,どんな感じがしましたか。お隣と言い合ってごらんなさい。

・戦争のことを意識した歌詞だ。なんだかおそろしい。

説明2:

革命によってつくられた国なのでこのような歌詞になったのですね。

指示1:

日本の「君が代」。どんな意味なのでしょうか。みんなはかっこの中を読みます。

・以下のように,教師が歌詞を読み,その後に続いて意味を音読させる。
君が代は
(天皇をいただく日本の平和な世が)
千代に八千代に
(千年も八千年も)
さざれ石のいわおとなりて
(細かい石が大きな岩になって)
苔のむすまで
(さらに苔が生えるほどまで長く長く続きますように)

・指名無しで発表させる。

発問3:

・外国の国歌と比べてどうですか。ノートに思ったことを書きなさい。

説明3:

世界的に見ても君が代は平和を歌った素晴らしい国歌です。世界的に有名な指揮者カラヤンが君が代についてこう話しています。
「世界で一番荘厳な音楽である」。

発問4:

ここからは歴史です。世界でもっともメロディが古い国歌,この国です。どこの国でしょうか。

・オランダの国旗を示す。
・1574年世界で一番古い国歌をもつ国である。

発問5:

日本の国歌のメロディーは明治時代1880年に作られました。歌詞は何年ころつくられたのでしょうか。お隣さんと相談しなさい。

・江戸時代,鎌倉時代,平安時代…とさかのぼっていく。
・10世紀初頭平安初期の『古今和歌集』に読み人知らずとして採録されている。ただし,「君が代は…」ではなく「我が君は…」となっている。平安時代中期になると『和漢朗詠集』に写され,「君が代は…」となる。国歌の歌詞として一番古いのは日本(オランダよりも600年も古い)なのである。

説明4:

実は国歌の歌詞としては日本の君が代が一番古いのです。歴史ある国歌君が代を卒業式で心を込めて歌いましょう。

1.主張
●卒業を前に子どもたちに国歌とは何か,何のために歌うものなのか,それをしっかり教えた上で卒業式の国歌斉唱に臨ませると共に,日本に誇りをもたせるようにする。
高橋史朗氏は,国旗・国歌に関して以下のように述べている。(「私たちの美しい日の丸・君が代より」高橋史朗編より)
「これまで,国旗・国歌論議には健全な日本人を育成するという教育の視点が欠けており,義務教育において子どもたちに国旗と国歌の意義を理解させ,これを尊重する態度を育てることの教育的意味について十分に考慮されてきませんでした。」
これから国際社会で活躍する子どもたちには,最低限自分の国の成り立ち,国旗と国歌,世界的に有名な日本人や技術などについて知っておく必要がある。
セルフエスティームが高まると自分に自信をもつことができ,他者も大事にできる。それと同じで,自分の国を誇れる感情(=ナショナルエスティームと呼ぶことにする。)をもつことができれば,他国の文化を理解・尊重することができる。

2.君が代について
(1)国旗及び国歌に関する法律(平成11年8月13日施行)
第一条 国旗は、日章旗とする。
2 日章旗の制式は、別記第一のとおりとする。(略)
第二条 国歌は、君が代とする。
2 君が代の歌詞及び楽曲は、別記第二のとおりとする。(略)
1996年頃から、公立学校の教育現場において,当時の文部省の指導で,日章旗の掲揚,君が代の斉唱が事実上義務づけられるようになった。しかし,反対派は日本国憲法第19条が定める思想・良心の自由に反すると主張して社会問題となった。埼玉県立所沢高等学校では卒業式・入学式での日章旗と君が代の扱いを巡る問題が生じ,1996年より数年にかけて,教育現場及び文部省を取り巻く関係者に議論を呼んだ。また1999年には広島県立世羅高等学校で卒業式当日に,君が代斉唱や日章旗掲揚に反対する公務員である教職員と文部省の通達との板挟みになっていた校長が自殺。これらを1つのきっかけとして法制化が進み,本法が成立した。

(2)君が代の歴史
1880年(明治13年),法律では定められなかったが,日本の国歌として「君が代」が採用された。この国歌のテーマは皇統の永続性であり、歌詞は10世紀に編纂された『古今和歌集』に収録されている短歌の一つである。1999年(平成11年)に国旗及び国歌に関する法律によって正式に日本の国歌となった。
 「君が代」は,延喜5年(905年)に編纂された「古今和歌集」(賀の巻)に,「わが君はちよにやちよにさざれ石の巌となりて苔のむすまで」(詠み人知らず)として収載されていた。これが,文献に現れる最初であると言われている。この歌は,約100年後(11世紀初期)に成立した藤原公任撰の「和漢朗詠集」(祝の部)にも収められている。その後,平安末期頃から,初句を「君が代は」という形で流布するようになり,めでたい場合の舞い,謡曲などに取り入れられ,長い間民衆の幅広い支持を受けてきた。明治時代になり,日本にも国歌が必要と考えた薩摩藩の大山巌らは,その歌詞として「君が代」の古歌を選定した。当初の「君が代」(フェントン作曲)は,その後,曲の改訂が上申され,明治13年(1880年)に宮内省雅楽課の林広守らによって現行の「君が代」の楽譜が完成された。その後,明治26年(1893年)の文部省告示「小学校儀式唱歌用歌詞並楽譜」において,祝日大祭日の儀式で歌うこととされた。

(3)「君が代」の歌詞の意味(政府の解釈) 平成11年7月21日 衆議院内閣委員会 内閣総理大臣小渕恵三
▼日本国憲法下においては,国歌君が代の「君」は,日本国及び日本国民統合の象徴であり,その地位が主権の存する日本国民の総意に基づく天皇のことを指しており,君が代とは,日本国民の総意に基づき,天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国のことであり,君が代の歌詞も,そうした我が国の末永い繁栄と平和を祈念したものと解することが適当であると考え,かつ,君が代についてこのような理解は,今日,広く各世代の理解を得られるものと考えております。▼君が代の「君」に関することにつきましては,君が代の歌詞そのものが,平安時代の古今和歌集や和漢朗詠集に起源をもち,その後,明治時代に至るまでの祝い歌として長い間民衆の幅広い支持を受けたもので,この場合の君が代の「君」とは,相手を指すことが一般的で,必ずしも天皇を指していると限らなかったと考えられます。ところで,古歌君が代が明治時代に国歌として歌われるようになってからは,大日本帝国憲法の精神を踏まえ,君が代の「君」は,日本を統治する天皇の意味で用いられました。終戦後,日本国憲法が制定され,天皇の地位も戦前とは変わったことから,日本国憲法下においては,国歌君が代の「君」は,日本国及び日本国民統合の象徴であり,その地位が主権の存する日本国民の総意に基づく天皇のことを指しており,君が代は,日本国民の総意に基づき,天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国のことであり,君が代の歌詞も,そうした我が国の末永い繁栄と平和を祈念したものと解することが適当であると考え,かつ,君が代についてこのような理解は,今日広く各世代の理解を得られるものと考えておるところでございます。
※国家発祥の地とされる岐阜県揖斐郡揖斐川町春日地区古屋笹又には右のような写真のさざれ石がある。
 「岐阜県天然記念物 笹又の石灰質角礫巨岩」と書いた標柱があり,並ぶようにして縄が掛けられた大きなさざれ石の岩が
二つ。岩の上には神棚が飾られ日の丸の国旗が掲揚され,岩と岩との間に「さざれ石 国歌 君が代発祥の地 内閣総理大臣
 中曽根康弘」と書かれた大きな石碑が建っている。
歌詞の中には我々大人でもなじみのない言葉が多い。よって写真などを使いながら意味を視覚的に押さえていくことが必要
と考える。

(4)学校における国旗・国歌の指導の意義
 平成11年の参議院国旗及び国歌に関する特別委員会で当時の文部大臣が以下の点を指導するように話している。(文責・要約 伊藤)
・社会科で国旗・国歌の意義を理解させる
・諸外国の国旗・国歌を含めそれらを尊重する態度を育成する
・音楽の授業では,国歌君が代を指導する
・入学式や卒業式などでは国旗を掲揚し国歌を斉唱するよう指導する
また,学校における国旗・国歌の指導内容については以下のように述べている。
(社会科)
6学年までに
・国旗と国歌はいずれの国ももっていること
・いずれの国でもその国の象徴として大切にしていること
・お互いに尊重しあうことが必要であること
・わが国の国旗と国歌は長年の慣行により日の丸が国旗であり,君が代が国歌であることが広く国民の認識として定着していること
・君が代は日本国憲法下において天皇を日本,日本国民統合の象徴とするわが国がいつまでも繁栄するというものであること
・これらを社会科の指導内容と関連して指導することが,文部省が学校にお願いしていることである。
(音楽)
・小学校1年生の段階からまずみんなと一緒に歌えるようになるというところから
・歌詞や旋律を正しく歌えるようになるまで教える。
・国歌の意義については,社会科の指導の内容と関連して上記社会科での内容をしっかり身に付けさせる。
(特別活動)
・それぞれの学年に応じて,具体的に卒業式,入学式という場において国旗を前にきちっとした態度で斉唱する
・国旗・国歌に対する正しい理解と態度を育てていく
・小中高等学校の段階を通じて指導を行う。
国旗国歌の意義を理解し尊重する態度を育てることが指導すべき内容とされている。また,総合的な学習の時間で国旗や国歌を学ぶことについても言及されている。

私が,総合的な学習の時間で国際理解教育を行うときに国旗・国歌を扱うこともあるというふうなことを申し上げました。そこをきちっと意味をもう一度申し上げますと,こういう機会に国際理解をやろうというふうなことも考えられておりますので,そういう国際理解をやりながら自分自身の国旗あるいは国歌,外国の国旗・国歌ということについて学ぶことがいいと私は考えた次第でございます。
 また,学習指導要領で定められております小中学校の社会科,小学校の音楽科,入学式や卒業式における指導だけではなく,各学校の判断によりまして創意をして,地理や歴史を勉強する地理・歴史科,公民科,外国語科などや総合的な学習の時間などにおきまして,国際理解教育を推進するという観点から国旗・国歌を尊重する教育を行っていくことが大切であるということを申し上げた次第でございます。(参議院国旗及び国歌に関する特別委員会 文部大臣)

学校における日章旗及び君が代の歴史や由来の指導については,次のように言及されている。

学校におきます国旗・国歌の指導は,児童生徒に我が国の国旗と国歌の意義を理解させ,これを尊重する態度を育てるとともに,諸外国の国旗と国歌も同様に尊重する態度を育てるために行っているものであります。国旗・国歌の意義を正しく理解するためには,我が国の国旗・国歌の歴史や由来などについて学習すること は大事なことだと考えます。
 現在でも,例えば小学校6年生社会科の教科書において,国旗や国歌はその国の成り立ちと深い関係があること,日の丸は幕末から日本船の総船印として定められ,その後,明治政府によって日本の商船旗として定められたことなどの経緯をたどって国旗として扱われるようになったことなどの記述がみられるところでございます。 今後とも我が国の国旗・国歌の歴史や由来などについて適切に指導が行われることを期待いたしておるところでございます。
(平成11年8月9日 参議院国旗及び国歌に関する特別委員会 内閣総理大臣小渕恵三)
特に,国歌の歌詞の意味につきましては,先ほど来お答えしておりますように,少なくとも小学校卒業までには音楽と社会科の授業が相まって,今回,政府の見解で示されておりますようなそういった君が代の歌詞の意味を正しく理解させる,そういう活動を継続的に行うようにいたしているところでございます。
(平成11年8月2日 参議院国旗及び国歌に関する特別委員会 政府委員)

このことから,学校では,ただ君が代を歌えるようにするだけではなく,国旗・国歌の歴史や由来,君が代の歌詞の意味について指導していくことが大事であることがわかる。

(5)君が代批判
①君が代は「天皇の治世が続くこと」を歌ったものであるという批判
→君が代とは天皇のことを指しているので,戦争を推し進めた昭和天皇の責任を問う声から天皇崇拝を国歌として歌うのは危険である,という批判である。このことについては,「君が代」の解釈をめぐっていくつかの論争がある。しかし,先に示した小渕元総理の答弁のように「君が代」の「君」とは「あなた」「相手」のことを指すことや,日本国憲法下では,天皇は国民の象徴であることなどからこの批判は妥当でないといえる。また,昭和天皇の戦争責任についても様々な意見がある。昭和天皇が詠んだ歌,「四方の海,みな同胞(はらから)と思う世に,など波風の立ちさわぐらむ」。意味は,「海をへだてた我が国のまわりの国々は、皆
兄弟だと思っているののに、どうして、互いに敵として,憎み合い、戦争をしょうとさわぐのだろうか。」。天皇は世界の平和を願っていたが一部の政治家や軍人によってどんどん軍国主義の道を歩んでしまったのではないだろうか。
②君が代は戦争のときにも歌われていたもので,当時の軍国主義の日本を彷彿せるものではないかという批判
→どこの国も,これまでの歴史において戦争があった。日本だけが戦時中に国歌を歌っていたのではない。また,外国の国歌の歌詞と比較してみても,日本の国歌は戦争の勝利を望んだものではなく,恒久平和をうたったものである。(下記※1「国歌意味比較」参照)また,戦争そのものに関して言えば日本は戦争の回数は少ない。イギリス78回,フランス71回,ドイツ23回,そして日本は9回である。このことからも日本は平和が続いた国といえる。

(6)作曲者と作詞者について(※詞に関しては2-(1)も参照
「君が代」は,明治の初め,国歌を創る必要が生じ,『古今集』に由来する「君が代」が歌詞として
選ばれた。これにつける曲として,イギリス軍楽隊の隊長フェントンが作曲した。しかし,五七五七
七の大和言葉による歌詞にはなじみまず,新たに日本人の手で作曲されることとなった。作曲に
当たったのは,宮内省雅楽課の林広守である。林は「壱越調律旋(いちこつちょうりつせん)」とい
う雅楽の旋律をもって作曲した。
 また,歌詞については作者不詳とされているが「さざれ石の発祥地」と言われている岐阜県揖斐
郡揖斐川町春日地区では次のような説もある。平安朝時代,文徳天皇(在位850~858)の皇子
惟喬親王(これたか)に仕えたひとりの木地師が,現在の滋賀県の君ケ畑から木地椀の良材を求
め春日村に移り住み,江州の君ケ畑へ通う途中,自然に凝固,苔むして巨巌となっている珍しい石
の状態を見て,ありのまま,「わが君は,千代に八千代にさざれ石の巌(いわお)となりて苔のむすまで」(天皇の御代が千年も八千年もいついつまでも,さざれ石が大きな岩になってそれがさらに苔が生えるほどにまでに,長く長くずっと続きますように)と詠んだ。都では見かけぬ珍しい石であり,秀ぐれた歌であるとして『古今和歌集』に採録された。しかし,その男は身分が低かったので,「読み人知らず」の歌と扱われましたが,その後,朝廷から歌の上手さを認められ,石にちなんで藤原朝臣石位左衛門(ふじわらあそんいしいざえもん)という名前を授けられた。

(7)外国人にも認められた「君が代」
明治36年にドイツで行われた「世界国歌コンクール」君が代は「一等」(特等の次)を受賞した。そのときの講評が「世界で最も荘厳な音楽」であった。また,20世紀を代表する指揮者カラヤンも,「世界の国歌のうち最も荘厳なもの」と称えている。また,大正時代に行われた同コンクールでは,最高の「特等」を受賞。世界的にも評価の高い国歌だといえる。外国の国歌は戦争の歌詞などが多く,勇ましい曲調のものが多いが,その中でも日本の雅楽の曲調をベースとした「君が代」は異彩であったといえる。日本人として知っておくべきエピソードであり,このような事実を語り継ぐことは,日本人としての誇りをもたせるために欠かせないものである。

学習指導要領による「国歌」に関する扱い

社会
[第3学年及び第4学年]
3.内容の取扱い (5)
イ,我が国や外国には国旗があることを理解させ、それを尊重する態度を育てるよう配慮すること。
[第5学年]
3.内容の取扱い (6)
ア,我が国や諸外国には国旗があることを理解するとともに、それを尊重する態度を育てるよう配慮すること。
[第6学年]
3.内容の取り扱い (3)
エ,ア及びイについては、我が国の国旗と国歌の意義を理解させ、これを尊重する態度を育てるとともに、諸外国の国旗と国歌も同様に尊重する態度を育てるよう配慮すること。

音楽
第3 指導計画の作成と各学年にわたる内容の取扱い
1.(3)国歌「君が代」は、いずれの学年においても指導すること。
(なお、第1学年における共通教材として 「日のまる」を取り扱うこととされている。)

特別活動
第3 指導計画の作成と内容の取扱い
3.入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。


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