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TOSSランドNo: 1728695 更新:2014年01月14日

「力のある資料」で創る中学年の道徳授業


三 人を心から見よう                   藤倉欣浩

力のある資料は、読むだけで教室が静かになる。
それは、子どもたちが今まで考えたり経験したことがない人間のすごさやよさにふれる事実・真実が含まれているからである。
作り話にも人の心をうつ力のものはあるが、人の心をうつ多くの話は、事実、とりわけ人間の行動や生き方から生まれている。
(授業実践)
 エイズ教育の一環として行った道徳の授業を紹介する。
 人と人が強制していくために持たなくてはならない「思いやり」「わかり合おうとするために大切なこと」を考えさせることをねらった授業である。
 実践は六年生を対象としたものであるが、中学年でも可能な実践である。

資料
   クラスメート
 私は、生まれながらに心臓にけっかんがありました。
 九歳のとき、病院で手術を受けて成功し、順調に回ふくはしましたが、私の胸には手術によってできた傷あと、それもケロイドのみにくいきずあとが残りました。
 あれは、小学校四年生の身体測定のときです。
 胸囲を測るため上半身はだかにならなくてはいけないのですが、保健の先生は私にだけ「シャツを脱がなくてもいいんだよ。」と言ってくれました。
 でもシャツのえりもとからきずあとが見え、それをクラスメートがじろじろ見て、ヒソヒソ耳打ちしました。
 しまいに一人の女の子が「この子にさわると、このきずがうつるんだよ。」と言うと「えーいやだ。気持ち悪い。」と、みんな私のそばからいなくなりました。
 そのときから私はひとりぼっちになってしまいました。親しく声をかけたり、遊んだりしてくれる人はいなくなりました。
 六年生になる前の春休みに、父の仕事の関係で室蘭(むろらん)に転出することになりましたが、今までいた土地をさる不安、さびしさはあまりなくそれより「今までの私を知っている人がいなくなるんだ。」と思うと、気持ちが明るくなりました。
 室蘭市の小学校に転入した私は、友だちもできて毎日通学するのが楽しく、ワクワクして過ごしていましたが、やはり身体測定はありました。
 今までの幸せで満ち足りた気持ちから暗い気持ちになり、「どうか身体測定の日になりませんように。」と、毎日思い続けましたが、一日一日と身体測定の日が近づいて、とうとう当日になりました。
 学校を休むことも考えましたが、「休んでも、身体測定はあるんだ。逃げたらだめなんだ。」と、自分をはげまして学校に行きましたが、「ああ、やっぱり休めばよかった。また私一人のけ者になるんだ。」と、何度も、学校に来たことを後悔しました。
 身体測定の時間になり、クラスメートは次々に服を脱いでいきます。私はモジモジして、なかなか服を脱ぐことができません。
 心の中で「どうしよう」と、何回も思いましたが、思いきって服を脱ぐと、また、みんなから見られている視線(しせん)を感じました。
「ああ、また前のときと同じく、私はひとりぼっちになるんだ。」そう思うとなみだがあふれて、わたしのほほをいくすじも流れました。
そのときです。
「そんなきず、気にするんじゃない。気にしちゃダメ!」
 一人の女の子が言うと、今まで遠くから見ていたクラスメートも「そうだよ。気にするんじゃない」と私のそばに来て、やさしく、いたわりの言葉をかけてくれたのです。
「ああ、私を受け入れてくれたんだ。」そう思うと今度はうれし涙が次々とあふれてきました。
 室蘭のクラスメートは、私をきちんと見てくれたのでした。
(「『心にしみるいい話』全国新聞連合シニアライフ協議会編 講談社」を参考)

 原作はTOSS道徳トークライン一三号に所収されている。
 資料は、最後の「そのときです。……」までの部分を削除して、子どもたちに提示した。
 結末が分かってしまうと、子どもたちが「どうするべきか」について考える余地がなくなってしまうので削除した。
 考える余地が資料にないと、その資料はたちまち力を失ってしまうと考えたからである。
 まず始めに、「本当にあったお話です」と話して教師が資料を読む。
 その後、子どもに音読させた。教師が読んでいる時、教室は静かになっていった。この資料に力がある証拠だろう。

指示1:

資料「クラスメート」を立って一回音読しなさい。

 全員が音読をし終えたところで、三人に短く話してもらった。
○ケロイドのせいで友達ができないなんてかわいそうだなと、思った。
○函館のクラスメートは、ずいぶんひどいことをするものだなぁと、思った。
○函館のクラスメートは、ひどいいじめをしているのではないかと思う。そんなことやめたほうがよかった。

発問1:

函館の学級での出来事は、「いじめ」と言えますか。

三四名中三二名が「いじめ」であると考えた。ノートに「いじめだ」「いじめではない」という理由を箇条書きにするよう指示をした。次のような理由が考えられた。

【「いじめ」ではない】
○やけどのあとが気持ち悪いと考えるのを止めることはできない。
○味方になってくれる人がいなかっただけで、みんなが責めたりしたわけではなさそうなので、必ずしも「いじめ」だとは言えない。

【「いじめ」だと言える】
○みんなでひとりぼっちにしているのは、「いじめ」だと言えます。
○みんなでわざわざさけているのは、仲間はずれにしていることなので、いじめだと言えます。
○女の子は、何も悪いことはしていない。ただ傷があるからというだけで仲間はずれにするのは、いじめていることと同じだと思います。
○「きずがうつる」なんて、女の子が傷つく言葉を言ったり、みんながさけるようにしているのは、傷つくことなのでいじめと言えます。

ここは、できるだけ時間をかけないようテンポよく進むようにする。後のブレーンストーミングや討論に時間を確保するようにする。

発問2:

室蘭の学校で、女の子が思い切って服を脱いだ時、クラスメートは、どんなことをしたでしょう。考えられる限りの言葉や行動をノートに書きなさい。書けたら、黒板に書きなさい。

「どんな気持ちでしたか」と、気持ちを問題にした発問がよくある。道徳の時間は、気持ちより行動を問題にするべきである。行動を問題にすることによって「生き方」を考えさせることができるのである。このような考えで、行動を問う発問をしたのである。

 子どもたちが考えた女の子への対応は、次の通りであった。

① だまって知らないふりをしている。
② 見て見ないふりをして、ふつうにしている。
③ 「そのきずどうしたの」とやさしくたずねる。
④ 「うわっすごいきずだ」と言って、はやしたてる。
⑤ 「気持ち悪いな。ウエッ」といってします。
⑥ 涙を見て声をかける。
⑦ 目をつぶる。
⑧「そんなの気にしなくていいよ」と、声をかける。
⑨ 「だれにやられた」と聞く。
⑩ 「オペ(手術)したの?」と聞く。
⑪ 無視する。
⑫ その子の傷がみんなに見えないようにかくしてあげる。
⑬ 「そんなの気にしてモジモジしなくていいよ」と声をかけてあげる。
⑭ あまり気にしない。

 道徳的なもの、そうでないものが出されないとこれからの話し合いが薄っぺらなものとなってしまう。
 よいのか悪いのか判断に迷うような考えが出されると話し合いに深まりが出てくる。
 そういう考えが出されないにしても数多くの考えが出てくるように日頃から鍛えておきたい。

発問3:

黒板に書き出された女の子への対応の中で、函館のクラスメートと同じことだとか、よくないというものはどれですか。
それは、どうしてかノートに書きなさい。

 5分間、ノートの時間をとった。よくないものを考えていく方が、討論が生じて生き方の原理・原則に気づいていくことになる。

指示2:

グループでブレーンストーミングを行います。
自分の意見を好きな順番でどんどん話します。
ここでは、人の意見に対して、良い悪いは言わないでおきます。

子どもたちのそれぞれの考えを交流させ、内部情報を蓄積させることをねらってブレーンストーミングを行った。

発問4:

考えられた言葉・行動の中でこれはよくないというものはどれですか。全員で話し合います。

○「だまって知らないふりをする」のも良くないと思います。見てみないふりをするのは、女の子が不安になってしまうのでよくないと思います。(拍手)
○その意見に反対します。きずはふれられたくないことなのでだまっておいて、見てみないことにしておけば、いいと思います。(拍手)
○女の子はきずが気になって仕方ないのだから、何か声をかけてあげたらいいと思います。
○そっといておいてあげるのもやさしさではないでしょうか。
○だまっているより「きずのことをきにしないでね」と声をかけてあげると安心できると思います。(拍手)
○でも、きずのことは女の子がいやな思いになってしまうので、そっとしておくべきだと考えます。
○だまっていられるというのは、なんとなく不安なので、心配しなくていいように声をかければいいです。

 この話し合いで、「声をかけるべきか」「そっとしておくべきか」という討論がおきた。
 話し合いの最後には、安心させることになるし、仲間づくりにもなるということで、「声をかけて安心させてあげる」ことがよいということになった。
 この他にも、「傷が女の子そのものではない」とか、「傷で女の子を見てはいけない」という意見も出された。
 「室蘭のクラスメートは、どうしたのでしょう」と言って、続きを読んで聞かせた。
 授業の最後に、ティッシュペーパーの箱をきれいな包装紙で包んだものとやぶけた包装紙で包んだものを提示し、次の説明をして授業を終えた。

説明1:

ここに同じティッシュペーパーを包んだものが二つあります。同じティッシュペーパーの箱を包んだものです。
函館のクラスメートは、きたないこちら(ティッシュペーパー)の中身を見ようとはしませんでした。
室蘭のクラスメートは、包み紙=上辺・外見ではなく、中身を見ようとしてくれました。

 ◎子どものまとめ◎

○今日のこの勉強をして、人間うわべから見るのではなく、中をちゃんと見ないとその人の本当の心はわからないと思った。私も室蘭の人のようになりたいな。今日は、優しさを勉強しました。

○私は、手術をしてきずのあとがついた人がかわいそうでした。函館で、いじめられていたけれど室蘭の人たちはちがうと思いました。どこがちがうかというと、外見だけで見ないでやさしい声でなぐさめるところがちがうと考えました。私も室蘭の人のようにやさしい一声をかける人になりたいと思いました。

子どもたちのまとめには、「外見・上辺」という言葉がよく使われ、「声をかける」という行動まで考えたまとめがよく見られた。説明1があったからだと思う。
 この授業展開の他にも、函館と室蘭のクラスメートを対比させて、「人と人が分かり合うため大切なこと」「自分ができること」「人をきちんと見るとはどういうことか」を考えさせることでできるだろう。

「友達と仲良くする」というのはだれでも分かっていることである。私たちの日常を一歩も二歩も脱した人間の事実は、「なぜ、仲良くするのか」「自分はどうしていくべきか」「そのような仲良くする仕方、生き方もあるのか」と、今まで考え及ばなかったことを考えさせる。そして、分かりきった道徳に新たな意味を与え、具体的な行動を引き出す。「力のある資料」は、道徳の時間になくてはならないものである。

〈引用文献〉
TOSS道徳「心の教育」5心に響く「 力のある資料」で生き方を教える道徳授業(明治図書)より


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