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TOSSランドNo: 2210167 更新:2012年12月13日

道徳「輪中の人々を救った人たち」


板書  輪中の人々をすくった人たち

説明1:

今日の道徳は,これまでの社会科の授業の復習をしながら行います。

木曽三川の名称と,位置を確認したところで,資料を読む。本校で社会科の副読本として使用している愛知県社会科教育研究会尾張部会作成の『はばたく大愛知』から抜粋して読んでいく。

説明2:

濃尾平野の西の方では,昔は木曽川・長良川・揖斐川の三つの川があみの目のように流れ,島のような土地がたくさんできていました。そのため,大雨が降ると,こう水がたびたび起こって,多くの人が亡くなったり,家や田畑が流されたりしました。
そこで,宝暦3年(1753年),江戸幕府は水害に苦しむ人々の声を聞き,薩摩藩(今の鹿児島県)に木曽三川の治水工事を命じました。

板書 宝暦三年の大こう水後,ばく府がさつま藩に工事を命令

発問1:

なぜ東海地方の工事にわざわざ鹿児島県の人が使われたのでしょうか。

「薩摩藩にお金を使わせて江戸幕府に逆らう力を奪うため」というような解答は,4年生の子どもからは出ない。
ここは板書しながら簡単に説明する。

板書 さつま藩の力をうばうため

続いて資料を読む。

説明3:

工事の責任者には家老の平田靭負(ゆきえ)が任命され,薩摩藩から来た約1000人の武士と地元の人が工事にあたりました。
働いてくれた人へのお金・牛・馬・荷車の借代などを合わせると薩摩藩の当時の2年分のお金(約40万両,今の100億円以上)が必要でした。そのお金は,幕府の出した1万両と,藩が必死で集めたものでは足らず,大阪の商人から借りて,これにあてました。

発問2:

さて江戸幕府が薩摩藩にむりやり工事を命令しました。
みなさんが薩摩藩の武士なら一生懸命工事をしますか。
それとも適当にやりますか。

 これは両方の意見が出た。
○どうせやるならしっかりやる。 ○薩摩藩の名にはじないようにやる。 
○困っている人がいるから。   ○命令だからしっかりやらないとまずい。
●お金がかかるから適当にやる。 ●関係ないのに一生懸命やる必要はない。

 薩摩藩は当然だが最善を尽くした。
 『千本松原』(岸武雄作・あかね書房)には,平田靭負は「おおよそつぎのようなことを語った」と書かれている。

  「美濃の国の百姓は,われわれ薩摩の国にとっては,えんもゆかりもないようにみえるが,考えてみれば同じ日本の国の人間,いわば兄弟のようなもの。その兄弟が長いあいだ苦しんでいると聞くからには,いのちをかけて助けるのが薩摩武士の本分ではござらぬか。たしかに裏を考えれば徳川のいろいろなはからいもあろうが,ここはひとつ,歯を食いしばってこらえ,『お手伝い普請』をすなおに受けようではないか。それは,お家をすくうためでもあり,薩摩武士のほまれのためである」

ここは、板書で数値を示す。

板書  947人・40万両・米160万俵・32人病死

板書したこれらの項目を説明し,工事の規模の大きさをつかませる。
『はばたく大愛知』では「100名近い薩摩藩の武士の尊い命が失われました」とあるが,
この数字は幕府への抗議の自殺等が含まれるので,ここでは触れない。

説明4:

2年後の宝暦5年に全ての工事が終わり,堤防と「せき」は完成しました。
工事の出来はすばらしく,幕府の検査にも合格し,よその藩が見学に来るほどでした。

板書 宝暦5年工事完了 
幕府の役人がほめる・よその藩が見学

発問3:

さて,工事責任者の平田靭負は,工事完成後どうなったでしょうか。
1番・出世した
2番・ほうびをもらった
3番・ろうやに入れられた
4番・その他

2番が多かったが,深入りしないで次の言葉を板書する。

板書 平田ゆきえは自刃

「じじん」と読むことを知らせる。
意味を尋ねると,漢字の様子から「自殺」「切腹」というような意見が出る。

説明5:

「自刃」とは自分の刀で自殺することです。
平田靭負は薩摩藩にたくさんのお金を使わせてしまったことや,たくさんの犠牲者を出してしまったことの責任を取って死んでおわびをしたのです。

(板書のタイトルを示しながら)
「輪中の人々をすくった人たち」は,はるか遠くからやってきた薩摩藩の人たちでした。
そして,その薩摩藩の人たちは見も知らない輪中の人のために働き,中には死んでいった人もいたわけです。

よいことをしたのに,自殺をしたという事実は子どもには理解しづらいが,責任を取ることの重さを感じたようで教室がシーンとなった。

板書(題名に追加)  輪中の人々をすくった人たち
             ↑自分とは関係ない
           ↑自分の命をかけて

発問4:

自分の命をかけて木曽三川の工事をした薩摩藩の人たちのことを「輪中の人々」はどう思ったでしょうか。

「ありがたい」「感謝している」「信じられない」など。

説明6:

自分の命を捨ててまで人を助けるなんて,なかなかできませんよね。
地元の人たちにとっては「神様」みたいにありがたかった。
そこで,本当に「神様」として扱うことしました。「治水神社」です。
「治水神社」には,工事で亡くなった薩摩藩の人たちが祀ってあるのです。 

板書(追加)  平田ゆきえは自刃 ⇒ 治水神社にまつられる

発問5:

昔の話だからと思っている人も多いようですが,自分の命をかけて人を救う仕事は今でもありますよ。
たとえば何ですか。

○消防士 ○警察官  ○自衛隊 ○レスキュー隊

説明7:

 危険があるという点では「病気がうつる危険のあるお医者さん」や「トンネル工事をする人」なども入ります。危険だからってやめるわけにはいきません。先生の知っている子のお父さんは中部電力に勤めていました。阪神大震災があった時,まだ次の地震があるかもしれないと言われていたのにすぐ神戸に電気工事に出かけました。一日も早く電気をつけてあげたかったからです。

みなさんが将来どんな仕事をするかを考える時,お金や好き嫌いで選ぶ人もいますが「人のために役立つ仕事」を選ぶ人もいると思います。そしてその中には「自分の命をかけて人を救う仕事」があることも覚えておいてください。

注  40万両については,『輪中の郷』の資料では今の何千億円だとあった。
注  『輪中の郷』の資料では,薩摩藩士は51人が切腹し,32人が病死したとある。
注  平田靭負を祭神とした治水神社ができたのは宝暦の時代ではなく,昭和13年である。


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