TOSSランド

コンテンツ登録数
(2017/09/26 現在)

21415
TOSS子どもランド TOSSオリジナル教材 TOSS動画ランド TOSSメディア TOSS-SNS TOSS公式(オフィシャル)サイト
TOSS子どもランド
TOSSランドアーカイブ
TOSSランドNo: 7015451 更新:2013年10月13日

6年「やまなし」の実践(向山洋一実践の追試)第17時


やまなし 第17時 「やまなしは何を表しているのか」② 11月13日(火)

 まずは黒板に前時に書いた「表すもの」を書かせた。
 そして、「やまなしは何を表しているのか」の指名なし発表。

 黒板に図を書いて説明する子もあり、これまで解釈してきたことを根拠に全員が発表した。
 いわば、「やまなし」解釈の発表会のようでもあった。
 最後に、反対意見を書き、討論をした。

 やまなしは救生主(的な者)だと考える。なぜなら、まず、やまなしは後半にしか出てこないのに題名がやまなしである。それは、印象が強いからだ。その印象とはかわせみの恐怖から救われ、ありがたく思うことだ。理由はやまなしが「トブン」と落ちて来てから父さんカニが「ああいいにおいだな。」と言っている。この言葉は安心している時にしか言わない。つまり、やまなし(救生主)のおかげで安心が得られたということだ。したがって、やまなしは恐怖を安心に変える「救生主(的な者)」である。
 対比でやまなしは生(生き変える)と解しゃくした。P14L6からの部分は、妹トシがこの世にもどってくるということを表す。つまり、生き変えるということだ。これはやまなしの中に妹トシがいるということだ。つまり、救生主が生をもたらし、妹トシを生き変らせようとしているということだ。したがって、やまなしは救生主である。
 色の対比も見てみよう。黄金はやまなしだと考える。なぜなら、P12L13でやまなしに因って黄金がでくるというよりやまなしから黄金がでてくる。だからやまなしは前にも言ったとおり生である。つまり、黄金を発生させながら生を与えてくれるということだ。したがって、やまなしは救生主である。
 救生主はなぜ「救世主」ではないのか。「救世主」はこの世を救ってくれる人という意味である。一方、僕の救生主(造語であり、実際にはない)は生を与え救ってくれる、いわゆる神の存在だ。だから「的な者」とつけ加えた。

 私は「やまなし」は『妹トシ』だと考える。
 なぜなら、「やまなし」は宮沢賢治が考えだした幻灯の中の話だと目に言った。そして、やまなしは黒い色をしている。そして、P12で「きらきらっと黄金のぶちが・・・・。」とある。これもやまなしだ。やまなしは「安心」を表している。でも黒という色は恐怖だ。
 これらの前の授業でやったこと、人の意見を取り入れ考えてみた。
 私は川の天井より、下、上で、世界がちがうと考えた。それは天井より上があの世で、下がこの世だということだ。なぜそうなるかというと、やまなしがトシだと考えるなら当然そう考える。まず五月の最初の方だ。ここは、とても平和に、安心して暮らしている。カニは賢治と考えた。賢治が平和に暮らしていると、とつぜん、かわせみ(恐怖)が来て、魚(生きているトシ)をあの世へつれて行った。ここで、なぜ、「十一月に死んだトシを五月に殺すのか?」となる。前の授業でI君が「十一月に死んでしまったけど十一月は悲しみがふかすぎて、わざと一ヶ月おくらせている。」と言っていた。私は一ヶ月ずらしても、同じ季節だ。だけどわざと半年ずらせば対称的な季節だし、月日もたっている。だから十一月に死んだトシを五月に殺した(?)と考えた。
 そして十二月に入る。P.13でかにが「かわせみだ。」と言っている。これは賢治がトシの死をひきずっていることをしょうめいさせることだ。なぜなら、かわせみはトシを殺した張本人であり、恐怖の象ちょうだ。賢治はトシを殺したものと同じ色のものが天井からやってきた。賢治は反しゃ的にトシのことをふかく思いだした。だから「かわせみだ。」と言ったのだ。そしてその黒いものは人におしえてもらい、ちがうものだとわかる。 │
 そしてやまなしにもどる。なぜやまなしはトシの死体(?)だと考えるのか。それはやまなしもあの世から落ちてきた。トシがかえってきたということだ。その後黄金のぶちが光った。この黄金のぶちがトシの魂だ。ここで黄金のぶちが光ったのは、トシが成仏したからだ。賢治(かに)の前で成仏することによって、賢治に恐怖・悲しみを消してほしかったと考えた。だから、やまなしは、トシの体(死体?)だと考える。

 「やまなし」は「命を存在させる。」という事を表していると考える。なぜなら、教科書のP.16に『「かわせみだ。」子どもらのかには首をすくめていいました。』とある。なぜ首をすくめたかは教科書のP.8にかわせみが魚をつかまえ殺した所を目撃したからである。かわせみは殺したから命を存在させてはいない。対して教科書のP13の9行目に「ぼかぼか流れていく。」とある。このやまなしはただ単に水に流れていっているだけで誰かを殺してはいない。
 つまりかわせみは魚を殺してこの世に命を存在させる事はしなかった。だが、やまなしはあたりの水をやまなしのいいにおいでいっぱいにしたり、かにたちにお酒を与えようとしたりしている。このお酒に関しては生きるための栄養を与えている。それにかわせみのように命をうばうような事はしていない。つまり命を存在させているという事になる。
 だから「やまなし」は「命を存在させる。」という事を表しているという事だ。

 落ちてきた「やまなし」は、筆者の「妹トシが戻ってきて欲しい。」という「願い」を表していると考えた。
 僕は、主題の勉強で「生と死はとなりあわせである。」ということを主張しました。しかし、どんなに頑張っても死んだ人とは今現在会うことは不可能です。
 つまり、「生と死はとなりあわせで、紙一重だが、その間には厚い壁があること。」に筆者は深い悲しみを感じているのだ。
 このことと前の勉強を踏まえて、五月は「突然生き物は死ぬ。」ことを表していて、十二月は「残った者は、死んでしまった物が、生き返って欲しいという願いを抱いている。」のである。
 なので、筆者は「やまなし」という題名をつけたのである。 この「やまなし」は最初「黒」で表されている。色の主張で、僕は「黒は恐怖を表している。」と発言した。さらに、「かわせみ」については死を表していると発言し│
た。
 これらのことをつなげると、「最初妹トシの死で恐怖を感じていた。」ことになる。
 さらに、後に「やまなし」は父が言った「おいしいお酒」に変わっていると推測される。この時には、すでに「やまなし」ではなくなっているが、「別のものに姿を変えてでも来て欲しい」という必死の叫びを表していると考えた。


0回すごい!ボタンが押されました

コメント

※コメントを書き込むためには、ログインをお願いします。
New TOSSランド