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TOSSランドNo: 3056993 更新:2013年09月02日

3 力のある資料の威力


 本日は,2月1日である。
 私は神棚から古いお榊をとり,新しい一対のお榊を供えた。
 母の部屋にある仏壇の大きな花瓶の花を入れかえた。
 毎月一日にする私の役目である。
 父が死んで40年,ほぼ欠かしたことはない。
 毎朝,仏壇からコップとお茶入れとごはんの杯をおろして,新しいのにかえる。
 小さなローソクを立て,線香を三本立ててチーンとならす。
 二本でいいらしいが,一本は見たことのない先祖のために立てている。
 これも40年間,欠かしたことのない私の役目である。
 夕方は,水だけとりかえローソクと線香を立てる。
 かつては,毎夕私がしていたが,いまは家族で交代でしている。
 夕方,私がいる時が少ないからだ。
 春,秋のお彼岸には,弟と東京タワーの下のお寺で待ち合わせてお墓参りをする。
 弟も私も,いそがしくても,できる限り墓参りはする。
 高校,大学と学生運動にどっぷりつかっていた。
 唯物論者であり,「神も仏もない」と確信していた。
 しかし,仏壇の役目は続けていた。
 特に〇〇宗といって信じている宗教があるわけではない。
 普通の日本人として誰でもやっていることをくりかえしてきただけだ。
 しかし,今にして思うと,この行為が,私の人格を作ってきた重要な要素だったと思う。
 毎朝,死んだオヤジに手を合わせるのだ。
 少しは,神妙な気持ちになる。
 「おごり」の気持ちはいさめられる。
 正しいと思うことなら,やってみたい気になる。
 40年といえば長い。
 その間に,いろいろなことがあった。
 毎朝,少しの時間(というよりもほんの10秒くらい)でも,自分を省みる時間が持てたことは大きい。
 私の道徳に対する考えの基本には,この行為がある。
 私の道徳の出発点は,神様,仏様に毎日,毎月手を合わせてきた心にこそある。
 できの悪い物語を読んで,「この時どう思ったのですか」などという薄っぺらな「問答」の中に,私は「道徳性」を見いだせない。
 そういうのは,「基本」ができた上での「応用」問題なのだ。
 「もと」があってこそ,「問題解決」が可能となる。
 「力のある教材」を開発し,まず,それを読んであげようというのは,そのためである。
 力のある教材は,読むだけで教育力がある。
 教師が下手に,いじらなくてもいい。
 よい話を聞かせているうちに,教師も「道徳」を理解するだろう。
 それでこそ,道徳の授業は可能だ。
 先日,朝日作文コンクールの表彰式があった。
 金賞をとった幼児が五人,有楽町マリオンの大舞台で,自分の作品を読んだ。
 ただ読んだだけだ。
 それなのに,私は胸がしめつけられるほど感動した。
 隣の見城三枝子さんも,紺野美沙子さんも,目頭を押さえていた。
 野口先生も水野先生も聞き入っていた。
 大の大人の私たちの心をわしづかみにして離さないほどの力がそこにはあった。
 この作文が明治図書から出版された。
 五冊にまたがる,読んで聞かせるだけで心をわしづかみにする作品である。
 毎年十万点寄せられる朝日作文コンクールの十五年間から選んだものだ。
 これ以上の作文集は,日本の他にはないと断言できる。
 図書館,教室にぜひ備えておきたい。
 教師としてぜひ活用していただきたい。
 子どもの作品を一つ紹介しよう。
 教室で読んでいただきたい。

わたしのできること  神奈川県・二年/神吉麻里

 一年生のうんどう会でわたしは,リレーせんしゅでした。それが二年生の時は,車いすで見学でした。
 きょ年の四月十七日にターザンごっこをしてロープから手をはなしてしまい高いところから,おちて大たいこつをこっせつして入いんしてしまいました。一学きは,ほとんど学校へ行きませんでした。
 その入いんしている時に同じびょう室に手話で話をしている人といっしょになりました。学校で手話やしん体しょうがいしゃについてべん強したことがありました。さいしょは,お話できなくてかわいそうだと思いました。でもその家ぞくはとても楽しそうに手話でお話をしたり,みんなに手話を教えてくれました。わたしもお友だちになりました。
 そしてわたしは夏休みにたいいんしました。しかし,わたしのほねのせい長は「ふつうの人とはちがう。一つベットようい」と先生に言われさい入いんすることになったのです。その時わたしのあたまがゆれて気ぜつしおうになりました。なぜならけんいんのためにまた足のほねにドリルであなを空けて,金ぞくを入れるとてもいたいことをするからです。
 そして,五か月もたつこと,すわることもできず足をつってねたままの生活が続きました。そしてやっとたいいんできるほどほねがつきそれからリハビリがはじまりました。ずっとうごかさないでいた足は立つことも歩き方もわすれてしまいました。きん肉をやわらかくしたり足にきん肉をつけるりはびりです。先生が体じゅうをのせてわたしのかたくなった足をのばすのです。いたくてつらくてもうがまんはこりごりでなみだがなくなりそうでした。
 リハビリ室には,たくさんの人が来ています。その中にはかた足だけの人がいました。その人はプラスティックみたいな足をつけてたいへんそうにあせをいっぱいかいてリハビリをしていました。わたしは「いたい!でもわたしもがんばる!!」そうさけんでいました。わたしのとくべつなほねは今がんばらないと大人になっても足をひいた歩き方になってしまうそうです。今は家でも一日五回リハビリをしています。
 わたしはまだふつうに歩けません。でもぜっ体歩きたいのです。そしてはしりたい。バレーをならったり友だちとまつばづえなしで手をつないで学校やバスにのってプールへ行ったり,てつぼう,おにごっこそしておかあさんと一しょになわとびをしたり,うんどう会で思いきりはしりたい。これはぜんぶわたしのできることだったのです。
 それから今わたしが思っているもう一つのことは手話の人や車いすの人がいたら「こんにちは。わたしに何かできることありますか。」とあいさつできるようになることなのです。

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