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TOSSランドNo: 1773506 更新:2012年12月05日

志村けんに学ぶ


指示1:

 今日はある人物について勉強します。その人が誰かを当ててもらいます。ヒントを出していきますので,分かった人は名前をノートに書きましょう。
ヒント1 現在(2012年)62才  ヒント2 父親が教頭先生   ヒント3 本名は康徳
ヒント4 あるグループに参加して今年(2012年)で38年    ヒント5 東京都東村山市出身
ヒント6 最初はグーの発案者 

志村けんの写真を提示しながら,正解を発表する。

発問1:

 志村けんについて,どんなイメージがありますか。

「面白い人」「バカなことばっかりやっている」というようなイメージを引き出す。

発問2:

 志村けんさんがコメディアンになろうと決意したのは,何歳のときでしょうか。 

説明1:

 志村さんがコメディアンになろうと決意したのは,13歳ごろのことです。
 志村さんの父親はとても厳しい方で,家にあまり笑いがありませんでした。ただ,テレビでお笑い番組を見るときだけは,多少嫌なことがあっても,日常を忘れて家族が大笑いしていました。
 そんなことから,「お笑いってすごい。高校卒業後の進路は,これ以外考えられない」と志村さんは考えたのです。 

説明2:

 高校3年の卒業式を間近に控えたある日,リーダーのいかりや長介さんの家を訪ねます。留守だといわれた志村さんは,家の前で待つことにしました。夕方から雪が降ってくる寒い夜となりました。10時を過ぎ,11時を過ぎてあきらめて帰ろうとしたとき,いかりやさんが帰ってきました。
 1週間後,志村さんはドリフターズの付き人となることができました。

説明3:

 しかし,1年経ち,2年経ち,3年過ぎても,志村さんには何の役も与えられませんでした。
 給料は4500円。靴も買えず,一時期は裸足やわらじで過ごしたそうです。
 志村さんは自分ともう1人の付き人といっしょに「マックボンボン」というコンビを結成しました。 

発問3:

 しかし,マックボンボンはあまり成功しませんでした。その理由は何でしょう。

説明4:

 一番の理由は,相棒に志村さんほどの情熱がなかったからです。お笑いという夢に対する熱意がなかったのです。

説明5:

 志村さんはまた付き人からやり直すことにしました。
 そんなある日,荒井注さんがドリフターズをやめることになり,後任として志村さんがメンバーになることが決まりました。
 最初に付き人になってから7年がたっていました。

説明6:

 しかし,それから2年間,志村さんのギャグは全く受けませんでした。
 身を乗り出して大笑いしていた観客も,志村さんが何かしゃべると一気にシーンとなるといった感じでした。
 大人気番組だった「8時だよ!全員集合」は2ヶ月間放送が中断され,総集編を放送してつなぎました。 

発問4:

 もし,自分が同じ状況になったらどうしますか。ドリフターズをやめてしまいますか。やめませんか。その理由も書いてみましょう。

本授業の中心発問・葛藤場面である。
ノートに書かせ,発表させる。「やめない」という子の意見を聞き,その後「やめる」という子の意見を聞いていく。

説明7:

 最近のインタビューで「辞めようと思ったことは」と質問された志村さんは,「そんな根性で入ってないですもん,この道」と,この時ばかりは怒ったように真顔になったそうです。 

説明8:

 この2年の間も,血の出るような必死の稽古,ネタ作りを行ったのです。
 どんなにつらいことがあっても,1度もやめようとは思わなかったそうです。
 全く受けないつらい2年間を必死で耐え抜いた。これがあの素晴らしい志村さんのコントの基礎を作っていたのです。 

説明9:

 その後,「東村山音頭」をきっかけにブレークし,「ひげダンス」や「バカ殿様」「変なおじさん」など数々のギャグ,コントを作り出しています。

発問5:

 志村さんの現在の夢は何でしょう。

 いつかまた舞台をやりたいという夢に向かって,志村さんは今もコント作りに日夜励んでいます。
 起きているほとんどの時間,コントのことを考えているのです。酔っ払って帰宅してからも,台本を書いているのです。
 最近のお笑いタレントは,しゃべりで笑いをとるのがほとんどですが,志村さんは作り込んだコントにこだわっています。志村さんが得意とする笑いは,いかにもアドリブに見える部分まで,考えに考え,つくりにつくった,いわば「努力のお笑い」なのです。

※2012年現在,志村けん氏を座長とした舞台「志村魂」が,毎年上演されている。

説明10:

 志村さんは,著書の中で次のように書いています。

「僕の好きな言葉は,『忍耐』『努力』『心』だ。 
 そもそも,なんの仕事にしてもそうだと思うけど,本当に嫌だったら辞めればいい。 
 でも,辞めないってことは,自分が好きで選んだ道だということだし,やり遂げる責任も負うことになる。
 だから,少々嫌なことやつらいことがあっても,それは自分が我慢すればいいことじゃないか。僕は,そう思ってしまう。
 そして,自分のやりたいことができるようになるまで,もっともっと努力すればいい,とも思う。
 もちろん楽な努力というものはあるわけがないから,忍耐と努力はイコールなのかもしれないけど」

「天才なんて,どこにもいない。ある意味じゃ努力できる人間が天才なんだ。
 でも,最近は,その前にやめちゃう人が,あまりに多いんだよ。
 つらいことの後には,必ず楽しいことがくる。それは間違いないんだら,自分が選んだことを,とことんやり遂げることができるかどうかだ」 

最後に教師自身が,屈辱に耐えながらあきらめることなく夢に向かって努力した体験について語り聞かせると効果的である。

【参考文献】
居作昌果著『8時だヨ!全員集合伝説』(双葉社 1999年)
志村けん著『変なおじさん』(日経BP社 1998年)
志村けん著『変なおじさんリタ~ンズ』(日経BP社 2000年)
いかりや長介著『だめだこりゃ』(新潮社 2001年)
今井淳氏「いっこく堂から学ぶ」(旧TOSSランド №2210104)


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