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TOSSランドNo: 4829145 更新:2013年07月30日

終戦記念日 8月15日


1 「終戦」を記念する日本

説明1:

 3月10日は「陸軍記念日」。日露戦争における奉天会戦の勝利を記念する日。
 5月27日は「海軍記念日」。日露戦争における日本海海戦の勝利を記念する日。
 8月15日は、「終戦記念日」。
 「玉音放送」で、日本がポツダム宣言を受諾したことを国民に伝えた日です。
 毎年この日、日本武道館で天皇陛下ご臨席のもと、戦没者を追悼する式典が行われます。
 敗戦の日を、国家的記念行事としている国は、世界中でただ一つ、日本だけです。占領が終わり、独立を回復したあとも、この行事は続いています。

2 8月9日の御前会議

説明2:

 「終戦」とは、「戦いが終わった」? それとも、「戦いを終わらせた」?
 「終わらせた」なら「誰」が終わらせたのでしょう。
 帝国憲法では、天皇は内閣の決定への拒否権はありません。「内閣の輔弼」によって決断する。現行の憲法は、「内閣の助言」という言い方ですが、帝国憲法も現行憲法も同じことです。
 ただ、帝国憲法は、首相と国務大臣は同格、現行憲法では、首相は意見の分かれた国務大臣を罷免することができるという違いがあります。
 ということは、帝国憲法では、閣議で意見の一致ができなければ内閣は総辞職。8月9日夜の御前会議では、まさにそういう状態になっていました。
 外務大臣は、ポツダム宣言を受け入れて戦争を終わらせるべきだと主張します。陸軍大臣は、降伏に絶対反対でした。二つの原爆が落とされ、アメリカ絶対優位の状況下で総辞職などしている場合ではありません。

3 「御聖断」

説明3:

 そこで、鈴木貫太郎首相は、超法規的行動、超憲法的行動に出ます。
 「出席者一同はみな、考えを申し述べましたが、皆の考えはまとまりませぬ。しかし、一刻も延ばすことができぬところまで来ております。まことに畏れ多いことでございますが、ここに天皇陛下の御思し召しをお伺いして、私どもの考えをまとめたいと思います」
 陛下の「御聖断」を仰いだのです。
「王冠は敗戦を生き延びることはできない」これが世界の常識でした。
 降伏することは、「天皇は死を受け入れる」ことを意味します。
 アメリカ、イギリス、オーストラリアの新聞は、天皇を国際裁判にかけて死刑に処するべきだと主張していました。
 昭和天皇は、次のように述べられました。
「それならば、自分の考えを言おう。
自分の考えは外務大臣と同じである。
念のために、そのわけをもうしておく。大東亜戦争が始まって以来、陸軍海軍がしてきたことを見ていると、予定と結果の開きがあまりにも大きい場合が多い。現在陸軍では大臣、総長がもうしたように本土決戦をすると、その準備をしている。勝つ自信があると言っているが、私はその点が不安である。
先日、参謀総長から九十九里浜の防備の話を聞いた。その後、侍従武官が実際に見てきた。総長の話とは非常に違っている。防備はほとんどできていないようだ。また、先日、編制を終わったと参謀総長がもうしたある師団では、兵士に銃剣さえゆきわたっていないありさまであることがわかった。
こんなことで、本土決戦になったらどうなるのだろう。とても心配だ。
日本民族はみな、死んでしまうことになるかもしれない。そうなれば、この日本という国を子孫に伝えることができるか。私の務めは祖先から受け継いだ、この日本の国を子孫に伝えることである。今となっては、一人でも多くの国民に生き残ってもらいたい。その人たちがこの国を子孫に伝えてくれる以外に道はない。
また、このまま戦を続けることは、世界の人類にとっても不幸なことだ。私は明治天皇の三国干渉のときのお心を考えた。自分のことはどうなってもかまわない。耐え難きこと忍びがたきことであるが、戦争を止める決心をしたしだいである。
国民はよく今日まで堪え忍んで戦ってくれた。将兵は実に勇敢によく戦ってくれた。命を捧げてくれた戦死者のこと、非命に倒れた人のことを思うとき、どれほど感謝しても仕切れない。一家の柱である父を夫を失った遺族の心中を思うと身が引き裂かれるようだ。戦傷者には苦難の道が続くだろう。まだ、外地に取り残された人々も、何とか無事、帰国できるようにしなければならぬ。戦災の痛手を受けた人たちも、どうか早く立ち直って欲しいと祈るばかりである。耐え難いことではあるが、どうか私の考えを分かってほしい」(出雲井晶著「昭和天皇」より)

4 8月15日「玉音放送」

説明4:

 8月14日、天皇陛下は、「終戦の詔書」の録音をされました。
 翌8月15日正午、ラジオを通して国民は天皇陛下の声を聞きました。
 「朕、深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ・・・・・・」
 ラジオの声は、どこでも聞き取りにくかったようです。
 しかし、とうとう負けて戦争は終わったのだ、ということは分かりました。
 こうして、「昭和天皇」が「戦いを終わらせ」ました。
 8月17日、鈴木内閣は総辞職しました。
 敗戦直後、日本は、都市部は焼け野原で国民は飢えに苦しんでいました。しかし、国会も地方自治体も機能し、産業や商業も活動していました。列車が走り、新聞も郵便も停止されてはいませんでした。

5 ドイツの「終戦」

説明5:

 同じ敗戦国ドイツの場合です。
 ヒトラーは自殺し、トップがいなくなって国家は消失してしまいました。無政府状態となり、臨時の代表として、潜水艦隊司令官が降伏しました。ドイツは、イギリス、フランス、アメリカ、ソ連の4カ国に分割され、連合国軍による直接占領となりました。


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