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TOSSランドNo: 1058900 更新:2013年07月20日

【吹奏楽】「授業の原則十箇条」を意識した合奏練習


【吹奏楽】「授業の原則十箇条」を意識した合奏練習

(原則は全て「授業の腕をあげる法則」(向山洋一著・明治図書)より引用)
 教育書のベストセラーに「授業の腕をあげる法則」がある。
 この本は教育界のみならず民間などからも反響の高い名著である。
 「子ども」という単語を「団員」と起きかえれば、下に示された「授業の原則」は、一般の楽団の合奏指導にも十分に応用の効く原則だ。 本稿では、以下の原則に基づき、「よりよい合奏指導とは何か」を提案する。

第一条 趣意説明の原則:指示の意味を説明せよ。
第二条 一時一事の原則:一時に一事を指示せよ。
第三条 簡明の原則  :指示・発問は短く限定して述べよ。
第四条 全員の原則  :指示は全員にせよ。
第五条 所持物の原則 :子どもを活動させるためには、場所と時間と物を与えよ。
第六条 細分化の原則 :指導内容を細分化せよ。
第七条 空白禁止の原則:たとえ一人の子どもでも空白の時間を作るな。
第八条 確認の原則  :指導の途中で何度か達成率を確認せよ。
第九条 個別評定の原則:誰が良くて誰が悪いのかを評定せよ。
第十条 激励の原則  :常にはげまし続けよ。

【第一条:趣意説明の原則】

 『「何だか分からないけど行動している」という状態ではなく「こういう目的でこれをやっている」と理解して行動することが大切なのである。』《同書P.12より引用》
 例えば基礎合奏における「音階練習」の究極の意味は、主に「合奏全体で1つの音になるように合わせる事」《「合奏の技術」(音楽之友社)より引用》であるが、今から行う練習をする意味を、きちんと団員に示すのである。
 始めに短く、
「音階練習をします。Bb dur(変ロ長調)で1音につき4拍ずつお願いします。」
と指示し、趣意説明として、
「周りの音をよく聴いて合わせて下さい。」「自分の音を周りに溶かして下さい。」
などと伝える。
 この一言の類があるかないかで、団員が出す音は、大幅に変わってくる。しかし、勿論これだけでは不充分で、出した音に対する評価をで「詰め」として行うのであるが、これについては「確認の原則」及び「個別評定の原則」で論じることにする。
 また、同書には、指示の3つの形である「号令」「命令」「訓令」の違いについて述べているが、特に大人のバンドである当団の指導者は、任務だけを示す「号令」を出来るだけ排し、趣意と任務の両者を示す「命令」と、趣意だけを示し任務を相手に任せる「訓令」を使って指示を行いたい。
 相手を尊重するという事を、以上の様に具体的な行動で示すべきである。

【第二条:一時一事の原則】

 子どもに限らず、『同じ時に、二つも三つも指示を与えてはいけない。』《同書p.19より引用》というのは、普遍的常識である。
 例えば、ピッチが悪く、タンギングも良くないからと言って、
「ピッチをよく合わせて、タンギングも丁寧にお願いします。」
などと一気に指示しても、一向に改善されない。
 いかに優秀な人間であっても、同時に2つ以上の事を意識して行うのは非常に困難なことなのだ。
 プロの演奏集団ならともかく、アマチュアバンドでは、こうした配慮は絶対に必要である。
 2つ3つと出さなければならない時は分割する。
 1つの指示を出し、それが達成されてから次の指示を出す。
 一見遠回りの様だが、こちらの方が断然、短時間で目的が達成される。

「ピッチが悪いですので、他の人の音をよく聴いて合わせてみて下さい。」
と指示し、実際にやらせて達成したところで、
「発音が少々雑ですので、タンギングを丁寧にお願いします。」
と指示する。

 また、指示を出した後に追加をするというようなのは論外である。
 教育界の大家でさえ、『指示の追加は中止よりもむずかしい。追加すると、いかなる整然とした集団でも混乱が生じる。追加したことによる、少々のプラスなどはふっ飛んでしまう。』《同書p.33より引用》と言う。
 指示を出した後、その傷に気付いた時は、指示が一段落した後で修正する。

【第三条:簡明の原則】

 指示、説明はどんなに長くても30秒を越えてはならない。
 何を言っているのか分からなくなるためだ。10秒以内が理想である。
 そして、『十数秒で指示を与えるためには、輪郭がクッキリとした指示を与えなくてはならない。』《同書p.25より引用》

 予習してくる[熱心な]指導者に有り勝ちだが、
「この曲は、Aからがアルメニア人の民族ダンスの情景で5拍子が特徴です。Bからはジャズのリズムを使っているので、アフタービートを意識します…云々。」
などと、得意気に専門用語を並び立てて、ダラダラと解説をする人がいる。

 指導者は[親切心]で話しているのだが、団員の方は、内心ウンザリしている。
 合奏練習は、演奏が上手くなりたいからしているのであって、指導者の知識御披露会ではない。
 [聴いてくれている]性格の良い人でも、後で内容を尋ねれば殆ど覚えていない。
 これは、指導者が悪い。団員に伝える必要がある内容を精選し、短く限定して述べる必要がある。

 さらに指示する内容は、具体的でなければならない。
「しっかりチューニングをして合わせて下さい。」
などという指示は意味がない。
「チューニングをして下さい。合ったら止めて、終わったと合図をください。」
と、何をどうするかはっきりさせる。
以上のように『最後の行動まで示してから子ども(団員)を動かせ。』《「子どもを動かす法則」向山洋一著・明治図書p.15より引用、※( )内は著者による》という原則も重要である。

【第四条:全員の原則】

 面倒なようでも指示は必ず全員に伝えなければならない。
 『「全員に伝えたつもり」「私としてはみんなに言った」という程度ではいけない。』(同書p.32より引用)
 例えば「休憩時間は30分です。13:30に集合して下さい。」などという指示を、団員がおしゃべりしているにも拘らず適当に伝えたのでは、後で集合時間に集まらずに合奏が始められないで困るという事態になる。
 大人の団体なので、話を聴かせるのに「微細技術」はさほど必要ないだろう。
 しかし、全員が話しを聴く態勢になったのを確認してから話し始めるのは、指導者の責任である。

【第五条:所時物の原則】

 楽譜・楽器・譜面台・練習場所は、できる限り最上のものを用意すべきだ。
 特に、譜面台はおろそかにされ易い。
 よく椅子や机の上に楽譜をおいて代用している者がいるが、楽器演奏の正しい奏法や姿勢を身につける上で、非常に好ましくない。
 「奏法のトラブルの全ての元凶は、姿勢が悪く楽器が下を向いてしまうことだ。」と言うプロの演奏家もいる位だ。
 素人の指導者でもできる間違いのない奏法指導は、「楽器が下がっているから上げなさい。」と言うことであると言っても過言でない。

 また、よく[熱心な]指導者で、初見の合奏の段階などで、事細かな指示をや注意を遠慮無く与える者がいる。
 これは団員に十分な練習時間を与えないで無理な要求をしている。
 「所時物の原則」に反した指導である。
 この場合は、ステップを踏んだ指導を心がけるべきである。

【第六条:細分化の原則】

 向山氏は、『およそいかなる職業でも同じだが、プロはアマの見ないことを見ることができる。』(同書p.39より引用)と述べている。
 1つの事象に対し、より詳しく細かく分析を加えるべきである。
 ハーモニーが汚い。
 メロディーの歌い方が良くない。
などという奏者の症状を指導者はいくつかに細分化して見る事が大切である。
 例えば、「演奏がどうもしっくり来ない。」という事を細分化したのが、「ハーモニーが汚い。」「メロディーの歌い方が良くない。」「リズムが生き生きとしていない。」などということになる。
 だが、これではまだ大雑把に捉えたに過ぎない。
 指揮者の北村憲昭氏は著書『合奏のマニュアル』の「ハーモニー」の項で、合奏でハーモニーが合わない症状に対し、「音色」「音量のバランス」「音程」の3つに細分化を行っている。
 そして、解決する手段として以上の順にクリニックを行う。(「音色」は「ピッチ」と密接に関る要素のため、始めに意識させるのが得策なのである。)
 細分化できれば、奏者に対して、「ハーモニーを合わせて下さい。」などという漠然とした意味の無い指示ではなく、「全体が1つの楽器で吹いているように吹きます。」などと手順を踏んで、より具体的なイメージをもたせる役に立つ指示を出せるのである。

【第七条:空白禁止の原則】

 何もやることがないという状態を例え1人でも作ってはならない。
 例えばチューニング練習の時である。管楽器の団員は良いが、打楽器の団員はどうするか。ただじっと待たせておくのか。必ず何らかの配慮をしてしかるべきである。例えば、次のようなことが考えられる。

①練習台などを使って音をミュートし、個人練習をさせる
②グロッケンやピアノがあれば参加させる
③聴いてもらって、合っているか判定してもらう
④音を立てないように次の曲で使う楽器の準備をしてもらう
⑤その他の仕事をしていてもらう

 その場の状況に応じて指示を与え、単に時間を浪費させないようにする。
 打楽器奏者の扱いが、その指導者の技量を見る1つの目安ともなろう。
 個別指導をする時はどうだろうか。クラリネットのフレーズが出来ない。
 勿論、個人練習やパート練習、分奏で扱うべきものは合奏で扱わずに、
「次までにやっておいて下さい。」
で済ます。
 しかし、今それが、吹けなければ全体に影響のあるものであった時には扱う。
 この時も吹かない人たちに何らかの指示を与えるべきである。
次にその例をあげておく。

①待っている間、指練習をさせておく
②同じフレーズを吹くパートに、次に同じ事をやらせるからよく聴いているよう指示する
③待っている間、譜読みをさせておく

 音楽的に重要なパートを周囲に認識させたい時は、聴いていてもらいたい訳だから、
 「サックスとホルンは練習番号Dからお願いします。ここのサックスとホルンは同じ事をやっています。全体はこの旋律を聴きながら演奏するのです。」
などと趣意説明をする。さもないと折角やって貰ったことが、空白の時間となる。
 また、次に何をしたら良いか分からずにつまってしまう事がたまにあるのは致し方ないが、基本的に4秒以上の空白をあけるべきではない。放送の世界では『「四秒しゃべらないでいると馬鹿に見えるのです」』(同書p.46より引用)という言葉がある。

【第八条:確認の原則】

指導を行ったら、そのままにするのではなく、必ずどの位できるようになったのか、分かったのか達成状態を確認する。しかも、指導の途中で確認するのである。
 例えば、

①「練習番号Dから指揮の振り方を変えます。」という指示をBと取り違えていないか。
②「Bから変拍子で8分の5拍子で次の小節には8分の3拍子、さらに8分の6拍子となります。」という複雑な指示を与えなければならない時。
③合奏前に「始める前に個人チューニングを終えて下さい。」という指示を出したが、どこまで終わっているのか分からない時。

などの状況では、片々の技術を用い、確認を行うべきである。
 幾つも考えられるだろうが、例えば①では、
「練習番号Dです。ダイヤモンドのDですよ。」などと言えば大抵済むが、まだ分からない人がいるようであれば、「お隣の方同士で確認してみて下さい。」と言う。これは、曲中に2つ以上ある「rit.で…。」などの時にも応用できるであろう。
 ②で、「分かりましたか?」と訊いても無駄だ。当然だが、指導者よりも下の年齢の団員は特に、分からなくても意思表示しづらい。思いやりのない質問といえる。
 「分からない人いますか?」というのも、その場の雰囲気で答えづらいことがある。
 この場合、頭でっかちにならずに、まず全体でやらせてみるのが得策だろう。
 やってみることによって、理解できたのか団員自身も明確に判断できる。
 指導者も分かり、評価もできる。これは、合奏指導の本質とも言えよう。

 ③では、始めに、
「個人チューニングを始めて下さい。」という指示を出す時、「2分取ります。」などと時間を限定し、追い込む。また、「合ったら、もう音を出さずにこちらを向いて待っていて下さい。」と、「終わりの行動まで示す」のも効果的だ。この指示では、終わったらこちらを向く事で、達成率の確認ができる。
 蛇足ではあるが、本団の誇るべき良い習慣として、「返事」がある。指導者の「練習番号Aからお願いします。」という指示に対し、団員が「はいっ!」と意思表示をするのものである。
 これは、指示の確認と言うよりは「やる気」のバロメーターと認識すべきである。
 この返事がある間、団員は、その指導者の指導方法に対し、集中する意志を表明していることになる。
 返事を貰えるかどうかで、指導者自身の指導方法の良し悪しを確認できるだろう。(決して強要をしてはならない!)

【第九条:個別評定の原則】

 チューニングの時、ピッチが合っていない。そこで、「合っていません。合わせて下さい。」などという緊張感の無い注意を永久に与えようと一向に改善される訳がない。
 合ってない人を徹底的に探し出すことだ。
 全体で分からなければ、疑わしいパートだけでやらせてあぶりだせば良い。
 誰が良くて誰が悪いのか個別評定せよ。
 個別評定の緊張感は奏者の意識を激変させる。
 何故なら「自分はどうせ注意されない」という「安全地帯」が否定されたからである。
 意識の上での「逆転現象」が起きる。
 指導者は奏者がやらざるを得ないシステムを作り出し、追い込む事は大切な任務である。
 しかも「やらされている」という意識を持たせずにである。自分で気付かされた方が、気持ちよく直せるからである。
 「教えないで教える」のである。

【第十条:激励の原則】

 奏者を不断に激励し、期待をかけ、賞賛し、やる気にさせることは指導者の重要な任務である。『批判によって人間の能力はしぼみ、励ましによって花開く。』《「人を動かす」(D.カーネギー著・創元社)p.301より引用》という言葉がある。
 著者の友人で、アメリカの高校で音楽を教えていた留学生に、音楽指導で一番に大切なものは何かと尋ねると即座「expectation!」と答えが帰ってきた。彼は、生徒たちへの「ゴスペル」の指導で素晴らしい実績を上げている。
 決してできない奏者を嘲笑したり、叱りつけたり、皮肉を言ったりしてはならない。
 そうすることで益々萎縮し、能力がしぼむ。そんな事をする権利が一体何処の誰にあるというのか。
 それは、最後には上手くして達成感をもたせる確信がある時に、するべきことだ。
 「厳しくすることで上手くなる。」という意見を耳にすることがある。厳しく相手を説き伏せたとする。
 しかし、相手はその注意を素直に受け入れるであろうか。
 非難された者の心を、まず支配するのは「自己防衛本能」である。
 非難を聴き入れるどころか、懸命に非難を否定し、自分の立場を守ろうとするのだ。
 曲を演奏していて、ミスをした奏者がいたとしよう。
 特にソロなどでは、その責任はミスをした本人が一番感じているのである。このような奏者こそ激励をするべきである。
 著者は、以前、大学のある吹奏楽団での本番で、ソロを失敗した。
 演奏後、すっかり意気消沈している私の所へ、その曲を指揮した先輩が声をかけた。
 「とてもいい音だったよ。」と。激励の言葉であった。
 私はそれですっかり元気を取り戻した。
 そして、次の機会にはもっと練習して必ず成功させたいと思った。
 先輩は私の演奏を非難する代わりに心からの励ましを私に行った。
 「激励」という魔法で、失敗した私を一切非難せずにその解決方法を悟らせ、尚且つ自信をつけさせた。
 さらにはそれによって、最も得がたい奏者からの信頼という「至宝」を勝ち得たのである。
 奏者はこのような指導者こそを心から信頼し、その期待にも答えていこうとするものである。


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