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TOSSランドNo: 9888271 更新:2013年01月24日

占守島の戦い


発問1:

1945年8月15日。日本は連合国に降伏しました。その3日後に、ソ連軍が日本の領土を攻撃してきました。

発問2:

ソ連軍が攻撃したのは、日本のどのあたりだと思いますか。

  ・北方領土

説明1:

北千島の占守島でした。当時は日本の領土だったのです。敗戦はすでに占守島の守備隊も知っていました。守備隊の隊長は次のように話しています。「終戦の報にはあ然としましたが、兵士達は、ふるさとに帰れることを喜んで深夜まで語り合っていました。」

Syumusyu

発問3:

ソ連軍の侵入は北部方面軍司令長官の樋口季一郎に届けられました。戦争はすでに終わっています。樋口司令官は、守備隊にどのような命令を出したと思いますか。予想して、ノートに書きなさい。

・攻撃せよ
・撤退せよ

説明2:

 「断呼、反撃に転じ、上陸軍を粉砕せよ」と命令しました。樋口司令官の命令に従って日本軍は反撃に出て、大変な激戦となりました。しかし、3日間後に停戦となりました。日本軍の損害は死傷者約600名、一方ソ連軍は死傷者約4500名。ソ連軍は大打撃を受けました。

発問4:

大打撃を受けたソ連軍はその後の進撃を続けたと思いますか。

・続けたと思う。北方領土を占領していないから。

発問5:

ソ連軍は、その後も進撃を続け、日本固有の領土である北方領土を占領しました。北方領土は、こうして占領されたのです。

説明3:

ところが、ソ連はもっと恐ろしい計画を立てていました。ソ連の指導者スターリンは8月16日に、アメリカに北海道の北半分の占領をしたいという要求を出し、ソ連軍に北海道上陸の命令を出しています。

Hokkaido

発問6:

しかし、作戦中止は中止となりました。中止になった理由は何だと思いますか。

説明4:

8月18日にアメリカは、ソ連の計画を拒否しました。そして同じ日。占守島での戦いが始まり21日まで続きました。アメリカの拒否、日本軍の抵抗、この2つがスターリンに北海道占領を断念させたと考えられます。

発問7:

スターリンの中止命令に一番大きな影響を与えたのは、アメリカの拒否だと思いますか。それとも日本軍の抵抗だと思いますか。

・日本軍の抵抗

説明5:

スターリンの中止命令に一番大きな影響を与えたのは、アメリカの拒否です。
しかし、これだけではありません。アメリカの拒否回答の後、4日間スターリンは沈黙します。おそらく、ソ連軍の進軍状況を見ながら北海道上陸の可能性を探っていたのでしょう。その可能性を砕いたのが日本軍の頑強な抵抗でした。
 もし、北海道の北半分が占領されていたら、日本は南北に分断された朝鮮半島の人々のような苦しみを味わっていたかもしれません。アメリカの拒否、そして、樋口季一郎の決断とそれに従って勇敢に戦った日本軍のおかげで現在の日本があるのです。

解説

樋口季一郎の決断とソ連軍の損害

 占守島の戦いや南樺太の戦いなど戦後の日ソ戦については、ほとんど資料がない。ソ連軍の進出に備え資料を焼却してしまったのが原因である。
 占守島の戦いにおける樋口季一郎の命令については「流氷の海」(相良俊輔著 光人社)より引用した。相良氏は、戦後、樋口季一郎氏との親交を深め、取材を通して占守島の戦いの実像に迫ろうとしている。小説「流氷の海」は、その取材を通して書かれた戦記である。かなり信頼性が高いと判断した。

占守島の戦いの双方の損害

 ソ連側の発表と、「流氷の海」では、かなりの違いが見られる。
 防衛大学教授である中山隆志氏は、「1945年最後の日ソ戦」の中で次のように述べている。

 残念ではあるが、日本側が戦闘終了後に正確な調査、記録を行えなかった関係上、戦死傷者については占領軍側のソ連研究者が最近明らかにした数字が一番実態に近いものとせざるを得ない。それによると、日本側の死傷者は1018名、ソ連軍の死傷者は1567名となっている。

 一方「流氷の海」では、以下のようになっている。

 日本軍の損害は死傷者600名。中略 しかし、ソ連軍の損害はなお、大きかった。艦艇撃沈破14,舟艇20,破壊、水没した火器50数門、戦死2500、戦勝行方不明2000。

 相良氏が、どのようにしてこの数字を出したかについては不明である。
しかし、孤島である占守島に立派なメモリアルが立てられている事実、当時のソ連政府機関紙イズヴェスチァ紙の論調などを考えれば、ソ連研究家が示したソ連の損害はかなり少なく見積もられているのではないかと考えている。
 また、ビデオ「レクイエム・50北千島最北端・占守島の戦後」(学校法人東海大学編)にある占守島の戦いに参加した日本軍兵士の言葉によると「海岸一面にソ連軍の兵士の死体が横たわっていた」とある。これらから考えると相良氏の出した数字の方が実態に近いのではないかと判断し、この授業では「流氷の海」に示された数字を採用することにした。


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