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TOSSランドNo: 8747721 更新:2013年01月24日

閑谷学校を学ぶことで、すばらしい日本人を育てる伝統的教育を取り戻そう


説明1:

閑谷学校です。岡山県にあります。(閑谷学校の写真を提示)
1670年、岡山藩藩主池田光政が つくりました。農民から武士まで、誰でも学べる、日本で最初の学校です。
閑谷学校は、山奥につくられました。岡山城から60キロも離れています。岡山城から歩いて2日もかかる距離です。

発問1:

なぜこんなに遠いところにつくったのでしょうか。予想してノートに書いてご覧なさい。
(静かなところで勉学できるように)(田舎で学習する方が良いシステムがあった)

説明2:

閑谷学校には、自由に使える山があった。また学校の近くに「井田」と呼ばれる閑谷学校専用の田畑がありました。
そのおかげで、自給自足ができたのです。

説明3:

そのため、閑谷学校は独自の経営システムで学校運営を行うことができました。
たとえ岡山藩が経営困難になり、破綻しても閑谷学校は存続することが可能になったのです。

説明4:

光政は閑谷学校を絶対につぶさせたくなかったのです。教育が国民や国をつくると考えていたのです。

説明5:

閑谷学校の教育システムは日本全国に広がっていきます。
様々な大名の藩が、閑谷学校をモデルにして学校をつくりました。
そこから多くの学者や知識人が世に巣立っていきました。
またその教育熱は、江戸時代庶民の子育てにも影響を与えていました。

説明6:

江戸時代には、他にも様々な学び舎がありました。武士の学び舎は、藩校と言います。

発問2:

全国にいくつぐらいあったと思いますか。予想してノートに書いてご覧なさい。(指名する)
だいたい15か所です。

発問3:

庶民の学ぶところは、寺子屋です。他に郷学や私塾がありました。いくつぐらいあったと思いますか。
藩校より多いと思う人。少ないと思う人。
17,000か所あったのです。

発問4:

なぜ江戸時代はこれほど教育に熱心だったのでしょうか。予想してノートに書いてご覧なさい。

説明7:

江戸時代の人は、教育や子育てをすることで、その子がよりよい人生を送ることができる、また子どもだけでなく、家族、一族が繁栄すると考えていました。
また勉強して知識がたくさんあれば、社会で役に立つことができると考えていたのです。

説明8:

江戸時代にはたくさんの教育に関する言葉や格言、また具体的な方法がありました。

・三つ心、六つしつけ、九つ言葉、十二文、一五ことわりでしょうらいが決まる
・かわいくば二つしかりて三つほめ、五つ教えて良き人にせよ
・乳児はしっかり肌を離すな、幼児は肌を離せ手を離すな、少年は手を離せ目を離すな、青年は目を離せ心を離すな
・しっかり抱いて、下におろして,歩かせよ

発問5:

明星大学教授、高橋史朗氏は、この伝統的な子育てをお母さんをはじめ、子育てに携わる人に広める活動をしています。
何という活動ですか。
親学と言います。

発問6:

平成18年、安倍首相内閣のもと、教育基本法が改正されました。
学校教育、社会教育に加え、ある教育を国も推進していくことが明記されました。
何教育が明記されたのでしょうか。
家庭教育です。

説明9:

現在、高橋史朗氏の提唱する親学に安倍首相の他、正当の枠を超えて議員が集まり、親学推進議員連盟が立ち上がり、子育ての大切さを広める活動をしています。
閑谷学校から日本全国へ、そして江戸から現代へ脈々と教育、子育ての精神が受け継がれ続いているのです。


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