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TOSSランドNo: 2310157 更新:2013年01月05日

授業で使えるエピソード集3「読書と私」


エピソード1 (宮城・女)

私は,子供の頃から,読書が好きだった。何が好きなのかというと,あの「ひとりで,しんとする感じ」がたまらなく好きだった。私は,どちらかといえば,活発で,通信簿にはいつも,「落ち着きがない」とかかれるような子供だった。けれど,本当は,ひとりでいるのも好きだった。あのころは,それは隠しておきたいことだったような気がする。だから,本を読んだ。本を読んでいる間は,活発な私じゃなくても,だれも,気にしない。本の世界に没頭し,頭の中が,し~んとしてくる,その瞬間が大好きだった。何冊も,何冊も読んだ。今もそれは変わらない。毎日,本を読む。寝る前に少しでも,読む。これが私の密かな楽しみ。普段の私からは想像もできないかもしれない・・。それも,また楽しい。

エピソード2 (広島・男)

自分で言うのもなんだが、私は人より勉強する方だった。しかし、本はまったく読まなかった。名作と言われるものは読んだことがない。
読書感想文も出した記憶すらない。大学合格が決まったとき、小学校時代の恩師が本を読むように、と言ってくださった。それでも私は本に興味をもたなかった。大学に入学してまもなく、私は1冊の本に引き込まれた。『ケネディからの伝言』黒い表紙に赤い帯が印象的な本だった。中身はそれ以上に刺激的だった。理想や夢にチャレンジする気持ちをもつ大切さをケネディ兄弟の生き方にひしひしと感じた。以来、その著者である落合信彦氏の本は欠かさず読んでいる。今では、本屋に行くのが楽しみのひとつでもある。

エピソード3 (広島・男)

教師になってから、本屋によく行く。教えている社会科に関係する分野から、教育、参考書、ドキュメンタリー、マンガにいたるまで、その範囲は広いと思う。旅行先でも本屋に行く。その町でしか出会えない本があるからだ。しかし、しっかり関心のあるコーナーを見てまわる。軽く1時間はかかる。偶然に入った本屋で「読みたい」と思う本に出会うことがしょっちゅうある。10回本屋に入れば5回はある。そんなとき、つねに買いたいと思うけど、買えないことがある。お金がないのがもっとも大きな理由だ。そんなときは「明日、買おう」と思ってあきらめる。「近くの店に行けばあるだろう」と思うこともある。しかし、実際に日を改めて、財布の中身を充分に本屋に行ってもないことが多い。とくに、店を変えるとない。「あーっ、あのときに買っておけばよかった」と思っても後の祭りだ。「一期一会」という言葉がある。おおまかに言えば、人との出会いは大切に、という教えだ。私は、これは本にもあてはまると思う。出会った時がチャンスだ。「あっ」と思ったときに読んでおいた方がいい。次、いつ出会えるか分からない。だからこそ読んでおいた方がいいと思う。出会うチャンスを捉えられるかどうかは、あらゆるチャンスを捉えられるかに通じると思うからだ。

エピソード4 (島根・男)

読書は好きではなかった。10代の頃、本はあまり読まなかった。中学時代は野球をやっていたせいもあり、写真のいっぱい載っている野球に関する本をよく手にしていた記憶がかすかにある。高校に入って、国語の先生が「読書をしないとダメだ、ダメだ」とあまりにうるさいので、図書室に足を運んだことがあった。そこで手にした鈴木慎一氏の『愛に生きる』(講談社新書)は今も鮮明に記憶に残っている。「人間は訓練するばできるようになる」という内容の本だった。読みやすい本だったので何度も読んだ。有名な本だということは教員になってから知った。30歳を過ぎて痛切に思うのは、「伝記」をもっともっと読んでおけばよかったなあ、ということだ。小学生向けの伝記でいい。中学、高校時代にもっと伝記を読んでおけばよかったと思う。やはり、先人の生き方には多くを学べる。

エピソード5 (北海道・女)

初めて本を読んで感動して泣いたのは、高校時代。三浦綾子さんの「塩狩峠」を読んで、大泣きしました。その頃は、大阪の高校生。その一年後、北海道旭川市の大学生になりました。旭川市。三浦綾子さんの住んでいた街。そして、「塩狩峠」のある街でもあります。読書は世界を広げる。そして、人によっては、人生を変えることもあるんです。

エピソード6 (千葉・男)

高校のとき、遠藤周作がブームで、何冊か読んだ。しかし、野球の練習で夜は寝るだけだったので、ほとんど読書の記憶は無い。もっと読んでおくべきだった、と思う。そうすれば人生が変わっていたかも。

エピソード7 (広島・女)

本が好きな子どもだった。今でも読書は好きだ。仕事で1年半海外にいた時,何が困ったといって日本語で書かれた本が読めないのがつらかった。ほとんど禁断症状。食べ物が口に合わなくて...ということは全くなかったのだが。ロンドンの本屋で日本語の本を手にしたときの嬉しさ!文字が立って見えた。「文章がおいしい!」そう感じた。(英語教師として英文でもその境地に至りたいものだが,なかなか...)TOSSで学び始めて,「この世には自分が足下にも及ばないほど本を読む人たちがいる」ということを知った。向山先生を始めとしてTOSSの先生方の読書量は半端ではない。その実態を知るにつれ,「活字中毒といってもよいほどの読書好きです」という台詞はおこがましくて,とても言えなくなってしまった私である。

エピソード8 (岡山・女)

小学生の時、国語の教科書にある読み物を、習う前からどんどん、くり返し読んでいた。(これも読書と言っていいのだろうか?)「ごんぎつね」を読んで、何度も泣いた。「モチモチの木」の長文を、何度も音読して暗唱していた!「スイミー」の話が大好きだった。読むことは好きな子供だった。ミステリーの何ともいえない雰囲気にひかれて、江戸川乱歩シリーズを読みあさった。感想文のために母に買ってもらった「子鹿物語」という本は、切なくて、悲しくて、泣きながら何度も読んだ。大人になってから、落ち込んだときに友人にもらった「ビッグ・オーとの出会い」と言う絵本で、元気をもらった。今、部屋には買ったまま読まれるのを待っている本が何冊かある。自分の糧になる本を、たくさん読みたいと思う。

エピソード9 (新潟・女)

「いつか向こう側に立とうと思えば、必ず立てる!」このタイトルの文章が載っている本は中谷彰宏さんの「大学時代にしておかなければならない50のこと」です。爆風スランプというバンドがあります。ボーカルのサンプラザ中野さんは、大学時代好きなバンドのコンサートの警備員をしていました。ファンがステージに上がり込まないようにおさえながら、「いつか自分も向こう側に立ちたい!」そう強く思ったそうです。それから数年後、中野さんは爆風スランプとして同じステージに上がることになったのです。「うらやましい」と憧れる。ステージを、涙が出るほどの羨望の目で見つめる。そんな経験をたくさんしましょう。必ずあなたも向こう側に立てるはずです。「向こう側」とは音楽をやる人のステージだけを表しているわけではないのです。あなたの「向こう側」とは何ですか?自分にとっての「向こう側」を明らかにしていきたいですね。こだわっていきたいですね。

エピソード10 (埼玉・女)

多読では、いつも回りを先んじていた。そのために小学校の担任から、高校の時には、校長氏が(わざわざ図書カードをみて)「本はたくさん読めばいいというものではない」というような批判を受けた。ずるい、のは直接私に言わず、全体的に他の生徒たちに言っているということだ。結局は、自分自身があまり読書をしていないから引け目があって、じかに言えなかったのだろう。本がつまらないのは、読者のせいではない。書き手がわるいのだ。ということに気が付いてからは、読書量にはずみがついた。本は広い世界を教えてくれる。普通のブンガク少女をやっているだけでも、けっこうなエッチな知識が入ってきたのだ。「ありのとわたり」なんてのも、いつのまにかインプットされていた。ね、本を読みたくなるでしょう?

エピソード11 (北海道・男)

小学校6年生のとき、日航ジャンボ機墜落事故があった。今でも鮮明に覚えている。夏の暑い日だった。晩御飯を終え、テレビを見ていたところにニュース速報が入った。どの局も、事故を伝える番組に切り替わった。生まれて初めてニュース番組に釘付けになった。大学生になった。ある日、立ち寄った本屋で1冊の本が目に入ってきた。『疑惑』というタイトルだった。あの墜落事故に関する本だった。本などほとんど読まなかった私が、初めて立ち読みで1冊の本を読みきってしまった。幼い日の記憶が甦ってきた。なぜか体が震えた。感動ではない。想像を絶する世界が綴られていた。何度も、本を閉じてこの場を去りたいと思った。しかし、その気持ちに反して、目は文を追い続けた。震えながら、一気に読んだ。それが私の「本との出会い」であった。それ以来、私はあの事故に関する本を買い続けている。

エピソード12 (長野・男)

自慢にはならないが、僕は、中学・高校と読書を全くしなかった。こんな僕だったが、1つ夢があった。それは、自分の部屋を本で埋め尽くしたいという夢だった。自分が読んだ本で、壁をいっぱいにしたかった。友だちが自分の部屋に来たときそれを必ず見ると思った。「こいつは、こんな本を読んでいるのか」と思わせたかった。学生時代、僕の読書は始まった。物語ではなく、ノンフェクションを好んで読んだ。事実の中に本物があるにちがいないと思った。新聞記者が書いたもの、作家が書いたもの、気に入ったタイトルの本は片っ端から読んだ。人物を扱ったものが好きだった。こんな生き方をしている人間がいるのか。世の中にはこんな世界があるのか。人と人の出逢いってすばらしいな。そんな思いを読書から、沢山、沢山、沢山した。しかし、僕の夢は叶えられていない。僕の読書は、今も続いている。

エピソード13 (北海道・男)

ある女性とデートをした時,「休みの日とか,何をしているの?」と聞いた。女性が答えた。「ちょっと寝坊して,掃除して洗濯して,それからは本を読んでいることが多いです。」私は再び尋ねた。「どんな本を読むのですか?」「仕事の本とか。あと三浦綾子が好きです」私も,三浦綾子が好きだった。そこでしつこくまた尋ねた。「三浦綾子のどんな作品がおもしろかった?」「『泥流地帯』が一番感動したかなあ・・・」私は驚いて「エー!!」と声をあげた。私も『泥流地帯』は,とてもとても好きな作品だったからだ。この女性とはきっと話が合うなあと思った。そこで言った。「ボクも『泥流地帯』大好きです。今まで読んだ本の中で何がおもしろかったって聞かれたら,『泥流地帯』と『三度の海峡』って答えるなあ」今度はその女性が声を「エー!!」と声をあげた。「私も,『三度の海峡』は今まで読んだ本の中で一番おもしろい本なんです。帚木蓬生ですよね」私もまた驚いた。そして,不思議な縁を感じた。その女性と一年後結婚した。

エピソード14 (北海道・男)

とにかく読書は苦手である。大人になった今も苦手である。読むのが遅い。書いてあることはすぐに忘れる。登場人物が3人を超えると、誰が誰だか分からなくなる。思い起こせば、予備校時代。通学列車の中で本を読もうと決心し、何冊かは読んだ。自信もついてきた。そして夏目漱石の「草枕」。難解だった。列車の中で読む本ではなかった。苦手意識が、今度は、苦痛へと変化した。それからは、ぴたりと読まなくなった。最近になってやっと読むようになってきた。面白い本と出会ったからだ。一晩で一冊読んでしまうこともざらになった。面白い本との出会いは運命的でもある。しかし、本の方から来ることはない。自分から本と出会おうとしなければ。面白い本は、ものの見方を広げてくれる。元気が出る。知らない世界が見えてくる。頭を使う、考えさせられる。読書嫌いだった数十年間、人生の楽しみを捨てていたのかな。それでもやっぱり、読書は苦手なのだけど・・・。

エピソード15 (北海道・男)

昔から、推理小説が好きだ。江戸川乱歩、赤川次郎から松本清張までありとあらゆるものを手にとった。文庫本なら、こづかい程度で買える。どんどん買い、どんどん読んだ。やがて、文庫本で読みたいものは、すべて読み尽くした。ハードカバーは高価すぎて、手が出ない。まわりの友人に声をかけては、読みたいハードカバーを借りた。借りては一気に読み、すぐに返した。やがて、友人の本も読み尽くした。今度は、図書館へ行った。目につくハードカバーを、どんどん借りた。数え切れないほど、リクエストもした。やがて、貸し出しカウンターに行くと、名乗らずとも、私のカードが出てくるまでになった。就職し、自分の給料をもらえるようになった。一番、嬉しかったのは、何の気兼ねもなく、読みたい本を買えることだった。休日、本屋に行っては、推理小説を買った。金は瞬く間に消えたが、読みたい本がすぐに手に入るのは、幸せだった。やがて、結婚し、子どもが生まれた。気ままに、本を買うことはできなくなった。図書館に出かけては、本を借りている。


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