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TOSSランドNo: 6472653 更新:2012年12月01日

1年生で育てた「あさがおの花」は江戸の人々を夢中にさせた花だったことを授業にしました。(TOSS奈良ml推薦)


発問1:

花の種です。夏に咲く花です。(1年生の生活科で植えた人もいると思います。)

何の種ですか?(朝顔の種の写真)

説明1:

朝顔の種は、とても値打ちのあるものだったのです。

遣唐使で奈良時代の終わりに中国から伝わりました。

    種の名前を牽牛子(けんごし)といいます。名前の由来は牽牛子をもらったので、牛をお礼に渡したという中国の古い故事からきています。

発問2:

牛と交換するほどの値打ちがあったということです。朝顔の種はどんなものだったのでしょうか?

説明2:

牽牛子は薬だったのです。下剤です。

    花より、種の方が大事だったのです。

当時の朝顔の花は青い、小さな花でした。

朝美しくさいて、すぐにしぼむ、もののあわれを感じさせる花でした。

枕草子や源氏物語に朝顔の名前が出てきます。貴族文化の中に出てくる花でした。

江戸時代になると、浮世絵、歌舞伎に朝顔が出てきます。

俳句も「朝顔につるべとられてもらい水」(1763)加賀千代女

朝顔は種は牽牛子ですから花は牽牛花でした。

七夕の織姫、別名牽牛姫、朝顔姫ともいいます。

朝顔が美しく咲くということは、七夕の日、年に一度彦星と織姫が出会うことにつながり、朝顔はとても縁起のよい花とされました。

発問3:

貴族の花から○○の花となったといえますか?

(庶民の花)

説明3:

江戸時代後半、文化文政時代、朝顔の一大ブームが起こりました。

恐れ入谷の鬼子母神で有名な入谷の町は良質の朝顔の産地でした。

たくさんの人が朝顔を求めて入谷の町に行きました。

発問4:

その朝顔は10両、20両、100両という値段のものがありました。

    現代では、10万、20万、100万円という値段です。庶民の花が、なぜそんな

高いものがあったのだと思いますか?

説明4:

江戸時代に作られた本です。

    朝顔三十六選といいます。和歌に三十六歌仙があることになぞらえて作られたものです。

    花を拡大して見てみましょう。これは朝顔です。不思議に思ったことや気づいたことはありませんか?

    (見たことのないような花)

    これは、本当にあった朝顔なのでしょうか?

説明5:

変化朝顔といいます。

    朝顔は突然変異を起こしやすい花でした。

江戸時代の人々は突然変異を起こした朝顔から次々と新しい朝顔を生み出していきました。メンデルの法則や植物のおしべやめしべの役割など知らなかった江戸の人々は経験から新しい朝顔を生み出したのです。

千種類ほどあったとも言われています。

大正時代に変化朝顔のブームは去り、今では大輪朝顔が主流です。

しかし、ひとつの花でこれほど多くの種類が生み出された花は世界の中でもありません。

朝顔は、遺伝の研究にも役立てられるようになりました。

朝顔は江戸の遺産なのです。


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