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TOSSランドNo: 1223288 更新:2012年12月31日

夢の実現(島根発 アニャンゴ授業ファイル)


ニャティティの画像を提示する。

指示1:

画面を見なさい。

説明1:

これは、ニャティティという楽器です。
ケニアという国で生まれた楽器です。
ニャティティという楽器は、ケニアの人でも、代々続いているニャティティの演奏者の子どもか、ニャティティの精霊から夢で認められた人でないと演奏者にはなれないのです。
しかも、それは男性だけ、という掟がありました。

ケニアの位置を地図で示す。
次に、向山恵理子さんの画像を提示する。

説明2:

このニャティティに惚れ込み、演奏者になりたい。と思った女性がいました。日本人です。向山恵理子さんといいます。
ケニアのニャティティの師匠は言いました。
「外国人には教えない。」
「女性がニャティティを弾きたいなんて、意味が分からない。」

発問1:

師匠の言葉をどう思いますか。

・教えてあげればいいのに。
・女性だからダメなんて、おかしい。
・掟だからしょうがない。

説明3:

ところで、外国から女性がやってきて、日本の大相撲に力士として入りたい、と言ったら受け入れられるでしょうか。
(何人かに聞く)
あれは男性がするものだ。女性が相撲を取りたいなんて意味が分からない。外国人は日本のことが分かってない。と思うのではないでしょうか。それぞれの国に、昔から続く掟があるものなのです。

指示2:

画面を見なさい。

向山恵理子さんがニャティティ演奏している映像を流す。

説明4:

ところが恵理子さんは世界初のニャティティ演奏者として認められ、ケニアの文化親善大使に選ばれ、ケニアで最も有名な日本人となりました。

発問2:

ケニアの師匠たちにニャティティを教えてもらう、そして演奏者として認めてもらうために、恵理子さんはどんなことをしたでしょうか。

・何回もお願いした。
・たくさん練習して上手になった。
・ケニアに何回も行った。住んだ。

説明5:

ニャティティの演奏者として認められるまでに恵理子さんがしたこと、恵理子さんに起こったことです。

・両親の反対を押し切ってケニアに行った。
・毎朝5時に起きて、ケニア語だけでなく、さらに奥地の言葉であるルオー語もマスターした。
・ニャティティの練習を毎日3時間した。
・ニャティティの歴史やケニアの文化を学んだ。
・有名な師匠に頼み込んで、一緒に住んだ。
・水道がないので、毎日30分かけて水をくみにいった。
・洗濯やお風呂は5Lの水を繰り返し使って行った。
・マラリアという病気にかかった。
・師匠の演奏を聴いてまねをしてニャティティを覚えた。

発問3:

恵理子さんは、なぜこのような努力ができたのでしょう。

・ニャティティが好きだから。
・夢をあきらめたくなかったから。

説明6:

恵理子さんが高校生の時、お父さんからもらった手紙です。

「自分でね、心の底から『そうだ』と思えることを求めていらっしゃい。人にどう思われようと関係のないことです。」
そして、ケニアに行くときに恵理子さんがお父さんに書いた手紙です。
「私もプロとして人間として一人前になりたいのです。苦労を買ってでも成長したいのです。すべては尊敬する父のように、一人の大人として社会で立派な仕事をするためです。その覚悟をもって選んだ道です。」
恵理子さんにとっては、ニャティティが「心の底から『そうだ』と思えることだったのです。

説明7:

恵理子さんの書いた本にはこう書いてあります。
「あなたには、あなたにとっての『ニャティティ』がある。」
みなさんの『ニャティティ』が見つかることを、先生も願っています。

<参考文献>
「夢をつかむ法則」2 0 0 9 向山恵理子(著) 角川学芸出版
「もっと遠くへ」2 0 1 1 向山恵理子( 著) 学芸みらい社

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